3 … or Devil ??


「別れなよ」
主任が言った言葉がずっと頭から離れられない。

別れる・別れない・別れる・別れない・別れる…。
――別れたい。
けど、怖い。
メールで伝えても、そのまま流されそう。
直接言いに行ったら、何されるかわからない。
でも早く別れて、主任に「別れました」って元気に報告したい。
そしたら「よかったね」って言ってもらえるかな。

漣くんのことを考えていても、いつの間にか主任のことを想ってしまう私がいた。

あの日以来、私は主任が気になって仕方がなかった。
ついつい行動が気になって目で追ってしまったり、
見かけないとホワイトボードで今どこに行ってるんだろうって確認してしまったり…。


あー!!ダメダメ!!
相手は上司なんだ!
それにああいう人には絶対ステキな彼女がいるよ。
男運のないあんたには無理無理!

パソコンのキーボードをカタカタと叩いた。


「主任、確認お願いします」
「早いなー。明日から連休だから定時で帰りたいのか?」
「違いますよっ」
そう答え、主任の顔もまともに見れず自分の席についた。

ただの冗談なのか、誤解なのか判らなかったけど、
明日からゴールデンウイークだっていうのに、私は美容院の予約以外何も予定なんてなかった。


定時は5時15分。
金曜日とは言え、定時ピッタリ帰るのは気が引けるので、それから20分くらいサービス残業をして
連休前日ということで、遅くまで仕事をしていく男性社員に「お先に失礼します」と声をかけ帰る。

私の日課は、仕事を終わると、家の近くのコンビニで夕食と缶ビールを買って帰る。
TVをつけて、ちょっと飽きてきたコンビニ弁当をつつきながら、缶ビールを飲むんだ。
自炊は面倒だからしない。
ああ、こういうところが女としてダメな所の一つなんだろうなぁ…。


今日はちょっと寄り道をすることにした。
デパートに寄ってウインドーショッピングをし、
駅前の大きな本屋でファッション雑誌を何冊か立ち読みをして、家の近くのコンビニに寄った。
「今日は何にしようかなぁ。デパ地下で美味しいものでも買えばよかったかな」
なんて思いながらお弁当のコーナーを眺め、肉じゃがだけが入った小さなものを1パック。
それから缶ビール。いつもは1本だけど今日は3本をかごに入れた。

レジに向かうと、タバコを買っている人が目に入った。
「あ…」
主任だ。

思わず声が出てしまった。
しまった。
こんなの買ってるところ見られたくなかったのに…。

「吉野…」
「ぐ・偶然ですね」
かごを隠しながら言った。

「何買ってるの? 夕飯?」
「はい…」

主任は「かご貸して」と言い、かごに入ってたものを元の位置に戻した。

「コンビニの店員さんには悪いけど、今日は返品ね。
 肉じゃがが食べたいなら、もっと美味い店に連れてってあげる」

は?

主任に背中を押され、車に乗せられた。
そうか主任は車通勤なんだ。

連れて行かれたのは、オシャレな居酒屋だった。
カウンターに肩を並べ座り、主任は私にビールと肉じゃがと小さな小鉢のものをいくつか頼んでくれた。

店員さんが運んできてくれた、生ビールとウーロン茶をカチンとならし飲んだ。

「美味しい」
「でしょう」
「よく来るんですか?」
「時々ね」
「デート…ですか?」
「ううん。一人で来るよ。晩飯代わりに。吉野はいつもコンビニなの?」
「そ・そうですねー。女一人でこういう所来るのも恥ずかしいし、仕事終えて一人分ご飯作るのもなんだし…」
「そうだね」と主任は少し笑った。

「あのコンビニにはよく行くの?」
「はい。あの近くに住んでて、コンビ二から歩いて3分くらいです」
「ホントに? 俺、あそこから車で5分くらいの所に、引っ越して来たばかりなんだよ」
「偶然ですね!」
「ね」

主任はここのお店のマッチをすり、タバコに火をつけた。

「せっかく家近いし、俺が仕事早く帰れる日は一緒に夕飯喰おうよ」
「はい」
私はすごく嬉しかった。


――ピピピ

私の携帯からメールの着信音が聞こえた。

「メール?」
「はい」
「気にしなくていいよ、見たら?」

携帯を見ると、久しぶりに漣くんからのメールだった。
1年記念日の次の日以来だから、もうどれくらい経ってるんだろう。

“今から来いよ”

その短い文を0.1秒で読むと、主任に携帯を奪われた。

「何、これ。コイツいつもこーなの?」
「あ、はい…」
「これじゃ――」

主任はタバコの煙とため息と一緒に吐きながら、携帯を返してくれた。
私はそのまま受け取って、バッグにしまった。

「返信しないの?」
「はい。今日は…」
「そう」

漣くんからのメールを無視していると

――♪〜♪〜♪〜

今度は電話だ。

「電話来たね。出なよ。メール気づかなかったふりして“今から行く”って言えば?」

主任にそう言われ、電話に出た。
本当は出たくなかったのに…。
何よ。「別れろ」って言ってたくせに、「今から行くって言え」だなんて…。


「も…もしもし」
『お前ちゃんとメール見た!? どーすんの?来る?来ない?』
すごく怖い声だった…。

「ご・ごめんね。気づかなかった。今から? 行くよ…。でもちょっと時間かかるかも…」
『あ〜?早く来い!』
プツ。ツーツーツー。

――は〜…。
こんなのいつものことなのに、なんでこんなに気持ちが重いんだろう…。

「さー、行こうか」
主任は私が電話をしている最中に会計を済ませてしまい、さっさとお店から出ていった。

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2006-04-08


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