51、約束


 リョウは平然を装って「ふーん」と相槌を打つ。なんとなく、そういう日が来るかもしれないと思っていたが、 まさか本当に告白するとは。
「でね、指輪見せて彼氏がいるって言っちゃった。ダメだった?」
「それは構わないけど、吉田は何て言ったの?」
「前から指輪のこと気付いていたみたいで、相手は誰? ってしつこかった。一応、年上の人って答えたけど」
「まー、嘘じゃないな」
 吉田の話を出されて、リョウは余計に若葉に会いたくなった。
「若葉、今どこにいる?」
「駅の改札口だよ」
「そっちに迎えに行くのはまずいから、じゃあうちの方の駅まで来てくれる?」
「うん!」
「知らない人に声かけられてもついてったらダメだよ」
「そんなのわかっているよ。電車に乗ったらメール入れるね」
 若葉は嬉しくて、声が弾む。

 それから三十分程で、リョウが指定した駅に若葉は着いた。ロータリーに停まっているリョウの車に駆け寄る若葉。
 そんな姿が可愛すぎて、リョウはミラー越しに見ていた。
 若葉は軽井沢でリョウに買ってもらったワンピースを着ている。
「なんでクラスの集まりなのに、そんなかわいい格好してんの?」
 リョウはわざと嫌味を口にする。
「だって終わったら、速攻で先生と会いたかったんだもん。ごめんね。 やっぱり打ち上げなんて行かなきゃよかったね。そしたらヨッシーにも……」
 若葉はしゅんと項垂れて、リョウはしまったと後悔した。
「ごめん」
「先生、怒っているでしょ?」
「ううん、怒ってないよ。でも正直言うと嫉妬した」
「嫉妬?」
「彼女が目の前で他の男にちょっかい出されていても助けてあげられないし、 デート断られて、同級生と楽しそうに遊んでるのを見つけて一人で妬いていた。挙句の果てには告白なんてされているし……」
 リョウは正直に話す。
「ごめんなさい」
「もういいよ。速攻で俺に会いたかったって可愛いこと言ってくれたから」
 彼女の手を握り、甲に唇を当てる。
 若葉はそれをずっと見つめていた。愛しそうに口付けをする姿を目の前で見ることができて、 嬉しいのと恥ずかしいので若葉は頬を桃色に染める。

 信号が青に変わりリョウは車をゆっくりと発進させ、自分の住む部屋へ走らせた。二人きりになれる、 誰の目も気にしなくていい場所へ――。



 マンションに着き、玄関の鍵を開けて、若葉を招き入れると、彼女は玄関に入った途端、リョウにぎゅっと抱きついた。

「先生。好きだよ」
「若葉、ごめんな。服のこと、言い過ぎた。俺、勝手なことばかり言っているよな。散々、若葉を傷つけたのに」

 リョウは若葉が思っている以上に不安だった。若葉を誰にも渡したくない。自分だけのものにしておきたい。束縛したい。
 この間、水越のことで若葉を傷つけてしまい、そのあと自分の部屋で彼女の服を脱がせてから、 どうも自分の感情がコントロールできない。あの日はあれで終わったけれど。
 椎名のことを、いつまで抑えることができるか楽しみだと笑っていたが、他人事ではなくなってしまった。
 リョウはいつものように若葉の髪を撫でる。柔らかくてスルスル滑る彼女の髪をさわるのがいつしか癖になっていた。

「先生は私のこと、どう思っているの?」
 若葉はさっき好きだと言ったのに、リョウは謝るだけで好きだと返してくれなかったことが気になっていた。
「どうって、好きだよ。すごく大切。だから誰にも渡したくない。失いたくない」
 抱きしめている腕をさらに力強く寄せるリョウ。
「私も。先生が好き。だから他の誰かを好きになるつもりもない。この先、たくさんの出会いがあっても、 それでも私は先生がいいんだよ。こうやって抱きしめられるのも先生としか考えられないの」
 若葉は震える声で、一生懸命想いを伝える。
 彼女からのそんな言葉で、リョウは自分のほうが子どもみたいだと思った。

 水越のことがあった時も若葉は泣くのを堪え、リョウに迷惑をかけないように我慢し続けた。
 リョウは若葉が泣いてわめいても構わなかった。それぐらいのことをしてしまったのだから。
「先生……」
「ん?」
「暑いね」
 蒸し暑い玄関で抱き合っていたせいか、二人とも汗ばんでいた。
「本当、暑いな」
 部屋に上がりエアコンのスイッチを入れ、それぞれシャワーを浴びて、ソファに寝転んだ。


「卒業まであと七か月だね」
 リョウの腕の中にいる若葉が呟く。
「そうだな」
「頑張ろうね」
 若葉はぎゅっと抱きつき、脚をリョウの身体に巻き付かせる。
「お、おう。頑張る」
 リョウの頑張ることは、たぶん若葉とは違う意味だ。同じボディソープ、同じシャンプーを使ったはずなのに、 彼女の香りはやたらと甘い。
(この脚、密着させやがって!)
 リョウが疼く身体のせいで神経がそっちにいってしまったその時、若葉はリョウの唇を狙った。
「……!」
 ぎりぎりのところで交わし、若葉の唇はリョウの頬にふれた。
 若葉は悔しそうに「ちぇっ」と、さらに身体を密着させる。
 そんな若葉の身体を少し離して、リョウは真面目な顔をした。
「約束守って。若葉は受験を頑張る。俺は、その、お前が卒業するまで色々我慢する」
「色々?」
 若葉はなんとなく気付いているが、わざと聞いてやる。
「色々って言ったら色々なんだよ!」
 リョウは誤魔化し、「それはそうと」と切り出す。
「もうすぐ、夏休みだ。そしたら一年だな」
「うん」
「受験勉強も大事だけど、お盆休みは息抜きにどこか行こうか。一年の記念もかねて」
「うん、約束だよ」
 この日一番嬉しそうな顔をして若葉は微笑んだ。


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2006-04-28、05-12
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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