50、体育大会


 体育大会の当日。
 若葉は倒れてしまったこともあり、テントの張った見学席にいたほうが良いのではとリョウに勧められたが、 幸いこの日は曇り空で風もあり、若葉もこの天気ならなんとか大丈夫そうだと、他のクラスメイトと応援する。
 それに高校生活最後の大会だ。知らない生徒と見学席で座っているのもつまらない。

「若葉。頼むからパワーを注入してくれ! でないと俺、走れない」
「いやー!」
「なんでだよ。この前、保健室まで運んでやっただろ?」
 例の吉田が若葉を追いかけまわしているのをリョウは見た。
「あいつら何やってんの?」
 ちょうど近くにいた隼人に聞く。

 隼人は若葉と同じ中学出身で、リョウが顧問するテニス部所属。 唯一、リョウと若葉が付き合っていることを知っている男子生徒である。

「先生知らないんですか? 事あるごとに、あいつ若葉をああやって追っかけまわしているの。 ちなみに“注入”の“ちゅう”はキスのチューです」
「はぁ!?」
 あまりの馬鹿馬鹿しさに言葉も出てこない。
「先生。ヨッシーふざけているだけのように見えるけど、結構本気だよ」
 リョウは逃げ回っている若葉と目が合った。
「せん……」
 若葉はリョウの顔を見て、助けてーと言いたかった。
 けれどリョウは若葉に背を向けてしまう。
「隼人、頼むわ」
「なっ、これぐらい大丈夫…」
 言いかけた隼人はリョウの代わりに「ヨッシー、俺が注入してやる!」と吉田の大きな体にしがみつく。
「ぐわっ。隼人、やめろ」
 若葉は去っていくリョウの背中を切なげに見つめた。やっぱりな、そう肩を落とすと、リョウが若葉たちの方を振り返った。
「吉田、早坂はこの間倒れたばかりなんだから、無理させるなよ」
 リョウは少し離れた場所から注意し、吉田も「はーい」と隼人とのふざけ合いをやめた。
 あくまでも二人の関係は隠さないといけない。今まではきっと見て見ぬふりしかできなかっただろう。 けれどリョウは何か嫌な予感がして、教師面で吉田を止めた。

 そして、若葉たちのクラスは準優勝という結果を得ることができた。
 体育大会の帰り、クラスの一部から「打ち上げをしよう」という提案が広まり、若葉はリョウに電話をする。
「打ち上げ?」
「うん。メールが回ってきて、明日の土曜日にクラスのみんなでカラオケに行くって言うんだけどいい?」
「いいよ」
「先生、ごめんね。せっかく約束してくれたのに」
 土曜日は体育大会明けで部活指導もないし、久しぶりにゆっくり会おうと約束をしていたが、こればかりは仕方がない。
「それは気にしないでいいけど、酒とタバコだけはやるなよ。他の学校でも今問題になっているから」
「うん」
「それから吉田にも気をつけて」
「ヨッシーはそんなんじゃないよ。……たぶん」
「たぶん、だろ。だから気を付けろってこと。わかった?」
「はい」
 まったく危機感のないやつだ。リョウは心配が募る。



 翌日、用事がなくなってしまったリョウは、昼過ぎに学校へ行き少し仕事をすることにした。 休校日でも事務員は必ずいるので、一言声を掛ければ、校舎内に入ることができる。
 化学準備室から資料を持ち出して、抜き打ちテストの問題を考える。
 今日は全ての部活動が休みなので誰もいない。校内はシーンと静まり返っていた。
「今頃、大騒ぎしているかな。また吉田にからまれてなければいいけど」
 リョウは広々としたグラウンドを見下ろし呟く。
「あー。ダメだ」
 どうしても若葉のことが気になって集中できない。結局何もできずに家に帰ることにした。

 いつもは渋滞で避けているけれど、駅前のカラオケ屋に行くと聞いていたので、その前の道を通ってみる。 すると、カラオケ屋の前に、高校生らしき団体がいた。リョウの車は信号待ちで停止し、 その団体が自分のクラスの生徒だということが分かった。その中に若葉の姿も。

 若葉はクラスメイトとの打ち上げのカラオケが終わり、次はどうするか道路の真ん中で話す。 通行人の邪魔になるからと一人が言いだして、端に寄り、そこでも大騒ぎしている。

 リョウはそんな姿を見つめていた。十代らしい無邪気な表情。 彼女が楽しそうで嬉しいのに、心のどこかで喜べない。そんな自分が嫌になった。 こんなことなら部屋で寝ていればよかった。
 青信号に変わり、車を走り出させる。しばらくして携帯がなっていることに気付く。 途中でコンビニに寄ったので、そこでついでに若葉に電話をしてみる。
「先生、今どこにいるの?」
「学校に行っていて、今帰っている途中だよ」
「ホント? さっきね先生と同じ車見たよ。大きいから目立つよね。帰る時、駅前通った?」
 電話越しの若葉の可愛い声に戸惑いつつ、「ううん、通ってないな」と嘘をつく。
「そっかぁ。あのね、今から先生と会いたいって言ったらダメ?」
「え?」
 リョウは驚きつつも、少し嬉しくなる。
「みんな、お腹すいたから何か食べに行くって言っていたんだけど、愛果は“カレ”と会うからって帰っちゃったし」
 なんだそういうことか、がっかりの理由で思わず意地悪な言葉を口にしてしまう。
「七瀬が帰ったから、お前も帰ることにしたの?」
「そんなんじゃ……。私、ヨッシーに“付き合って”って言われちゃったんだ」


←back  next→


「cherish」目次へ戻る



・・・・・・・・・・


2006-04-28、05-12
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







|| top || novel || others || blog || link || mail || index ||



 

inserted by FC2 system