52、泣顔 夕焼けでオレンジ色に染まり始めていた部屋は、いつの間にか真っ暗になっていた。 若葉はソファで眠ってしまったらしく、寝心地の良さに寝室に移動していたことを知る。 けれど一緒に寝ていたはずのリョウが隣にいない。寝室のドアを開けるとキッチンの明かりが目に入った。眩しくて目を細める。 「先生?」 声をかけると、リョウは木ベラを手に持ち、キッチンから若葉の方を見た。 「あ。起きた?」 「うん……」 若葉は目をこすりながらキッチンに入ると、リョウがチャーハンを作ってくれていることがわかる。 「起こしてくれれば、私が作ったのに」 「あまりにも気持ちよさそうに眠っているから、起こすのは可哀想だと思ってさ」 炒めながらリョウは言った。以前は自分で料理をすることなどほとんどなかったが、 若葉と外食するも互いに気を遣うし、だからと言って市販の弁当や惣菜などは一人の時だけで充分だ。 若葉は彼が一生懸命料理を作ってくれる姿を見ていたら、愛しさが再びこみ上げてきて、たまらず彼の背後から腰に抱きついた。 「コラ、危ないって」 リョウはコンロのスイッチを切り、若葉の方を振り返り抱き締めた。 「先生、私より先に起きちゃダメだよ。どっかに行っちゃったかと思うでしょ」 「どっか行くって、自分の部屋なんだから……」 頭では理解していても、些細なことで不安になってしまう。 「よしよし。ほらご飯出来たよ。不味くはないと思うけど」 「うん」 若葉はパッと手を離して、皿とスプーンの準備をしようとすると「ゲンキンなやつ」と笑われてしまった。 「美味しそう。いただきます!」 若葉はチャーハンを一口食べて「美味しいよ」と二口目を運ぶ。 リョウはそんな彼女の姿をじっと見つめる。 「ん?」 「若葉は美味しそうに食べるな。俺、その顔が一番好きかも」 「食べている時の顔が好きって言うのは、食いしん坊みたいで、ちょっと恥ずかしいよ」 「そっか?」 間近で見られ、そんなこと言われると意識して食べられなくなってしまう。 「美味しそうに食べている時の顔も、笑っている顔も、怒っている顔も、それから泣き顔も、全部好きなんだよ」 リョウは真っ直ぐな瞳で言った。 「だから自分の感情を抑えないで。最近、若葉は泣くのを我慢しているだろ? 一週間のうち、ほとんど毎日若葉の顔を見ているんだよ。それくらい判るんだ」 「うん」 若葉は自他ともに認めるほどの泣き虫だ。リョウを好きになるきっかけの時も、 元カレに振られて泣いていた。リョウに好きだと言ってもらえた時も泣いた。 修学旅行の時は一生分泣いたなと思うくらい泣いた。何かあるたびに泣いていたら、 そのうち重い自分は振られるかもしれない。リョウにだけは嫌われたくない。 だから若葉は十八歳の誕生日に、もうリョウの前で泣いて困らせないと決心をしたのだ。 そう思っていたのに、リョウには気付かれていた。 リョウのことが大好きでたまらないのに、言葉の他に表わすこと術がわからなくてもどかしい。 「先生、泣いてもいい?」 「いいけど、食べてからにしよう……ってもう泣いているし」 リョウは苦笑いをしながら、それでも若葉のことが可愛くて、そばによりティッシュで涙と鼻水を拭いた。 若葉はこうしてくれることが久しぶりでまた泣けてくる。 「おいおい。泣き止め」 魔法をかけるようにリョウの大きな両手は若葉の頬を包み込み、彼女の瞳にキスをした。 ←back next→ 「cherish」目次へ戻る ・・・・・・・・・・ 2006-05-28 2012-07-05 大幅修正 2013-09-20 改稿 |