47、後悔


 今年教育実習に来た水越は昔、リョウが教育実習をした生徒の一人だった。 彼女のことを今も覚えていたのは実習の最後の日、告白をされたから。 リョウが“先生”と呼ばれる立場になって、初めて告白をしてきたのが水越だった。 もちろんはっきりと断った。それなのに暫くの間、大学の前で待ち伏せをされ、 他にもストーカーまがいなこともあり、すごく迷惑だった。そして数年後、まさか再会することになるとは思ってもいなかった。

「先生、私はもう先生の生徒じゃないんですよ? 一度だけデートをしてくれたら諦めるから……。私に少しだけ時間を下さい」
 実習中、何度も言われ「付き合っている人がいるから」と断ってもしつこく、 親睦会という飲み会では酔いに任せて他の先生の前で迫ってきた。
 教育実習の最終日、こちらの連絡先は教えないという条件と、二度とあの時のような付け回したり執拗な行為はしない、 最初で最後という約束で、仕方なく水越と個人的に会うことになってしまった。
 もし断り続けたら、また自分の所へ来るかもしれない。ストーカー行為により、 若葉の存在を知られてしまうかもしれない。苦肉の決断だった。
 けれど、こんなにも水越と二人で会ったことを後悔するとは想像もしていなかった。

 どうしても夜に会うのは避けたくて、昼食を一緒に食べる約束で待ち合わせの場所に行く。 彼女が予約をしてあるからと言い、ホテルの最上階にあるレストランに行った。 なぜホテルなのか、嫌で仕方なかったけれど食事だけの約束に念を押す。
 食後すぐに帰ろうとしたら「相談がある」と無理矢理ロビーのソファに座らされた。 しかし、そこでは他人の目が気になるので、喫茶店に入ることにした。

「私、別に教師になりたいわけじゃないんです。ただ、先生がうちの高校の教師に就いたって噂で聞いて、 だから私も教職課程を選択したの。そうすれば先生に会えるから……」
「この間も言ったように俺には付き合っている人がいて、俺は彼女を泣かせるようなことはしたくないんだよ。 水越さんが逆の立場だったらどうする?」
「逆の立場?」
「自分の彼氏が他の女とこんな所で会っていたら、どう思う?」
「それは……」
 その時、「若葉」と聞きなれた名前を耳にし、リョウは視線を巡らせた。
 クリスマスの時に彼女の家に招待されて会った弟と、そのそばに若葉がいた。 リョウは何か言い訳をしなければと思わず立ち上がる。
 結婚式に出席するとは聞いていたが、まさかこのホテルだとは思わなかった。
 若葉の表情が一気に曇っていく。
(違うんだ)
 そう言いたかったけれど声が出ない。
 立ち去る若葉を追いかけようとすると、水越に腕を掴まれた。
「休みの日まで、生徒の面倒まで見るんですか?」
「教師になろうとしない君にはわからないことだよ」
 水越がどんな顔をしていたのかよく見ていない。もしかして泣きそうだったのかもしれない。 でもそんなことリョウにとってはどうでもよかった。

 “あの子は俺の彼女だからだよ”と言いたいのに。若葉も“こんな所で何してるの”と怒ればいいのに。 しかし、それはどんなことがあってもできない。
 水越の腕を振り払ってホテルを出ても、若葉が右に出たかも左に出たかもわからない。 携帯に電話をしても出ない。リョウは思いついた方へ向かって走った。けれど若葉は見つからなかった。 急いで駐車場に行き、車で彼女の家に向かっている途中、携帯がなった。
 車を停車させ、通話ボタンを押すと椎名からだった。
「若葉ちゃん今うちに来ているよ。怪我しているから今から薬局行くんだけど、もうちょっと考えてやりなよ」
 若葉が怪我?
 リョウは電話を切り、若葉がいるという椎名のマンションへ急いだ。

 教育実習に水越が来ることを知り、リョウは学年主任に担当の学生を替えてもらえないか相談しようか迷った。 けれどそうしてしまうと、水越の夢を壊すことになる。高校生の軽い気持ちから、 ああいうことをしただけで今は反省しているのかもしれないと、過去を割り切り、 誰にも言わないでやったのに、見事に水越はリョウの予想を裏切った。
 守らなければいけないのは水越の立場ではなく、若葉の想いだったことを後悔していた。


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2006-04-04
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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