48、元鞘


 若葉は黙ったまま、リョウの話を聞いていた。
「本当にごめん。こんな形で若葉を傷つけるなんて……。どうしたら許してくれる?」
 リョウは若葉の小さな手を包み込み、見つめる。
「もう水越先生とは会わないで」
 彼女の潤んだ瞳は涙を流す一歩手前だ。
「うん。連絡先も教えていないから、安心して」
「私以外の女の人と、二人きりで会わないで」
「約束する。こうなる前にお前には話せばよかった」
 リョウは若葉を傷つけた後悔と、戻って来てくれた安堵感で、 きつく抱きしめ「会ってこうしてあげれば良かった」と彼女の背中を撫でた。
 二人は会えなかった日々を穴埋めするかのように抱き合う。

「さっきのドレス姿可愛かった。もう一回着てよ」
「うん」
 若葉は寝室に入り、結婚式で着たパーティードレスに着替えた。
 胸元はポートネックで、袖はフレンチスリーブ。ジューンブライドに栄える爽やかな淡いミントグリーンのドレスだ。
「先生、着替えたよ」
 ドアを少し開けてリビングのリョウに声をかける。
「可愛い。綺麗」
 リョウはベッドに腰を下ろし、目の前に立っている若葉を見つめ、体のラインをなぞる。
 シルク素材のせいかスルスル滑って、さわるほうも、さわられるほうも気持ちがいい。

 リョウは立ち上がり、若葉の白い首筋にキスを落とした。
「今度は脱がせてもいい?」
「う、うん……」
 そんなことを言われるとは思わなくて若葉は一瞬戸惑う。けれど、すべてを捧げたいと心から思った。

 リョウの手はうなじに回され、ゆっくりとファスナーが下ろされていく。 パニエは着なかったせいで、ドレスはすとんと落ちて、若葉の足元で輪を作る。
 若葉は初めて見られる下着姿が恥ずかしく、小さなため息を漏らした。 鼓動がリョウに聞かれてしまうそうなくらい高鳴り、彼が自分を求めてくれることが幸せでたまらない。
 リョウは再びベッドに座り、初めて見る彼女の下着姿に見惚れる。
 ドレスと同系色の下着はラインの出にくいノンレースのサテン生地で、 シンプルなデザインは若葉のスタイルの良さを際立たせていた。ただ脚に貼られているガーゼが痛々しい。
「リョウ……」
 若葉が甘い声で彼の名を口にする。
 リョウは若葉の細い腰を引き寄せ、ベッドへと優しく押し倒した。 もう我慢することも、させる必要もないと思った。こんなにも愛し合っているのだからいいだろ?  リョウは誰かに言い訳をする。彼女を見下ろし、そっと口付けようとしたところで
 ――ピンポーン
 その音で一旦止めたが、リョウは再び若葉を見つめ、彼女の斜めに下ろしている前髪をそっと直し、 もう一度唇を落とそうと身をかがめた。
 ――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
 執拗に何度もなるインターフォン。
「ちょっと待って」
 リョウはベッドから降りて、リビングへ行った。
 モニターに映るのは玄関前にいる椎名だ。
 普通ならば一旦マンションの入り口でならすのに。出ないわけにはいかず玄関ドアを開けると、 「おっじゃましまーす!」とハイテンションで椎名がずかずかと中へ入ってくる。
 声で椎名が来たことに気付いた若葉は急いで寝室のドアを閉め、愛果が貸してくれた服に着替えた。
「なんでいきなり玄関前にいるんだよ」
「いやー。たまたま出てくる人がいたから入って来ちゃった。消毒とかガーゼとか渡しそびれたからさ」
 椎名はそう言いながら、スーパーの袋をダイニングテーブルに置いた。
 若葉がそっと寝室の扉を開けると、椎名の後ろにいた愛果と目が合う。
「ごめんね。邪魔だったよね……」
 両手を合わせて、若葉に申し訳なさそうな顔をした。
「ううん」
 若葉は、きっと二人はまだ自分たちが喧嘩しているかもしれないと心配して来てくれたのだろうと思った。
「飲み物や、適当に夕飯になるもの買って来たから一緒に食べよう」
 椎名は袋からあれこれ出している。
 愛果はなんとなく二人の誤解は解けたことを察知し、椎名に「やっぱり今日は帰ろうよ」と服を引っ張った。
 若葉とリョウは、この二人がいるから今の自分たちがいると感謝している。
「いいよ。ゆっくりしていって。ねっ、先生」
「あ、うん」
 リョウは感謝してはいるものの、椎名に邪魔されたと、若葉に目で訴える。
 若葉はそんなリョウと同じ気持ちではいたけれど、あれだけでも充分幸せだと思っていた。


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2006-04-04
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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