44、誕生日・2


 リョウは体勢を変えて、後ろから若葉を包み込む。
「一か月くらい連絡とか、学校帰りに寄ってあげられなくてごめんな。不安だった?」
「うん。本当はね、このままどんどん離れていっちゃうのかなって思っていた」
 若葉は腰に回されているリョウの手を握った。

 リョウは初めて三年生を任され、改めて教師という職業の大変さを感じていた。 それは生徒達の将来が直接かかっているから。
 毎日帰宅後かかさなかった若葉への電話やメールも少し面倒に感じてしまい、 疲れた体で家に帰り、遅い夕食を簡単に済ませ、時には何も食べずにシャワーだけ浴びてすぐ寝てしまうことも少なくはなかった。
 朝起きて、若葉から入っていたメールで「ああ、昨日も連絡しようと思ってすぐ寝てしまったんだった」と気付かされる。
 でも若葉は「なんで連絡してくれなかったの?」とリョウを一言も責めていない。
 毎日学校で顔は合わすけれど、教師と生徒という関係のせいで特別会話もしない。 ただ、今日も元気そうだなと、そういうのをお互い目で確認しているだけの状態が何日か続いた。
 生徒達が春休みに入っても、リョウにはそんな休みはないわけで、毎日学校へ行き仕事をしていた。 ふと気が緩んだ時に、若葉の顔や、ぬくもりを思い出す。
 連絡することを、どうして苦痛に感じてしまったのだろう。 朝起きた時、一言メールをすることぐらいできたのではないかと後悔していた。
 もしかしてこのまま自然に離れて、教師と生徒という元の関係に戻ったとしても、若葉はそれを受け入れてしまいそうな気がした。

「今年は忙しくなるから、もっと不安にさせてしまうかもしれないな。 でも俺は、会えないからとか連絡がないからとかで、気持ちを量らないでほしいなと思う。 これからは心配させないようにメールもちゃんとする。だから俺のことを信じていてほしい」
 リョウは自分があげた若葉の指輪にふれ、そう言った。
「うん。信じる」

 若葉は、いつも完璧だと思っていたリョウのちょっとした弱さを知った。 でも嫌いなんてなれない。そういう部分も、リョウのすべてが愛しいから。
 いつもリョウが自分を守ってくれていた。だから自分もリョウのことを守ってあげたい。 若葉は後ろにいるリョウに振り返り、彼を胸に抱き寄せた。

「あー。やっぱりな」
 胸の中に埋まるリョウが呟く。
「何っ!?」
 もしかして胸が小さいとか、若葉はガバッと体を離してリョウの顔を見た。
「今まで俺がここに呼ばなかったのは何でかわかる?」
「う、ううん」
「帰したくなくなるから」
 思いもよらぬ発言に若葉の顔は一気に赤面する。
「なーんてな、冗談だよ」
 リョウは優しく若葉の頭をポンポンとし、キッチンへ行った。
「私も、帰りたくないな」
 若葉は恥ずかしいけれど、断られると分かっていても、自分の気持ちを伝えたかった。
 リョウはグラスに注いだ麦茶をテーブルに置く。
「色々我慢させてごめんな」
 ソファにちょこんと座る若葉を抱き寄せて、そのまま横たわらせた。クッションを枕代わりにし、首の下に腕を入れる。
 若葉は初めての腕枕に緊張しつつも、大好きなリョウの香りをダイレクトに感じていた。
 さっきキスを断られたばかりなのに、“帰りたくない”と我儘を言い、またこうしてリョウを困らせている。
「先生、ごめんね。好きなの。本当に……」
「若葉……」
 彼女の頭と腰を寄せて、額に唇を当てる。本当はこのまま一線を越えてしまいたい。 それができたら自分は楽だし、若葉も喜ぶだろう。でも、やはり超えることはできない。
「若葉、愛してるよ。だから、あと一年待っていて」
 リョウは絞り出すように言った。
「うん」

 若葉は気付いてないようだったけれど、リョウが指輪を渡した時に言った言葉はプロポーズのようなものだった。
 リョウにとって若葉はかけがえのない存在で、生涯愛し続けると心に誓った。

 それなのに……。


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2006-02-20、03-01、03-25
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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