43、誕生日・1


 昼過ぎに動物園デートを終えて、次はリョウの自宅へ向かう。

 車はリョウの住むマンションに到着した。
 慣れた手つきでセキュリティーを解除し、マンションの奥へ進むリョウの手を 若葉は離れないように強く握り、黙ったままエレベーターに乗り込む。シーンとした狭い個室でエレベーターの音だけが響く。
 若葉は無理やり来てしまったかなと不安な気持ちでいた。
 リョウは玄関の鍵を開けて「どうぞ」と若葉の背中を押し、先に部屋へ上がらせる。
「お邪魔します……」
 中へ進むとシンプルな部屋で余計な物はなく、L字に置かれたカウチソファが目立つ。

 リョウは「ちょっと待って」と若葉をソファに座らせて、テレビ台の引き出しから小さな箱を出した。
「はい、誕生日おめでとう」
 若葉の手に乗せる。
「ありがとう! 開けていい?」
「どうぞ」
 リボンをほどき箱を開け、中に入っていたケースを開くと……指輪だった。
 呆然としている若葉に、リョウは彼女の右の小指に指輪をはめた。
 ぴったりだ。
「サイズ、どうして?」
「前に、七瀬に頼んだ」
 そう言えばと若葉は思い出す。先月、愛果と買い物に行って「若葉って指輪のサイズいくつ?」と二人して測って遊んだ。

 リョウは若葉の手を取り、誓うように言う。
「いつかエンゲージリングとマリッジリング買ってあげるから、それまでこれで待っていてくれる?」
「はい!」
 若葉は嬉しくて、リョウに抱きついた。
「先生、学校に指輪していたら注意される?」
「んー、どうだろ。結構つけているやつ多いよなぁ。俺は別に注意してないけど、 もし他の先生に注意されたら、すぐはずせよ。あ、でも小さいからなくさないようにね」
「うん」
 リョウは若葉の頭をポンポンと軽く叩き、体を離した。
 若葉はそれがとても寂しかった。幸せなのに、どうしてこんなに寂しいのだろう。
「あの、先生」
「ん?」
「私、もう一つ欲しいものがあって……」
「欲しい物? 服とか?」
「ううん。そうじゃなくて……」
 若葉は一番欲しくて、ずっと言えないでいたことがあった。
「先生は私のこと好き?」
「当たり前だろ? 好きだよ」
「……そう」
 若葉はリョウの袖を握る。
「私ってそんなに魅力ないかな?」
 震える声は、今にも泣きだしてしまいそうだった。 先程まで動物園や指輪をもらってはしゃいでいた彼女の顔とは全く違う、少し大人びた表情だ。
「魅力あるよ」
「だったら……」
 若葉はリョウの瞳を見つめ、そっと瞼を閉じた。
「若葉?」
 震えている睫毛に、リョウの喉仏は上下する。ゆっくりと彼女の顔に手を伸ばし、指先で柔らかい唇にふれる。 自分の指を唇だと想像しながら、上唇から下唇にかけて何度もなぞった。口付けを求めていることは判る。 けれど、してはいけないという気持ちが勝っていた。
 リョウは若葉の両肩に優しく手を添え、彼女の唇のすぐ横あたりにキスをする。 しかし二秒ほどで限界だと、リョウは体を離した。
「ごめん」
「先生?」
「これ以上はできないよ。俺もずっと我慢しているから、若葉も卒業するまで我慢して」
 リョウは若葉を苦しいほど強く抱きしめて懇願した。
「俺さ、若葉と二人でいると自分が教師だっていうことを忘れそうになるんだよ」
「それは私が先生をダメにしている?」
「違うよ。忘れそうになるのは、若葉のことをそれだけ想っているっていうこと。 俺がダメになるのは、若葉がいなくなったときだから」
「先生……」
 若葉もリョウの背中をぎゅっと力を込めた。
「私はずっとそばにいるよ。絶対にいなくならない。先生のこと愛してるもん」


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2006-02-20、03-01、03-25
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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