45、憎悪


 中間テストもようやく終わり、リョウも採点、平均点や順位付け等の仕事が一段落付いてほっとしていた。
 若葉はリョウと少しだけでも会えるかなと期待したけれど、結局、部活指導の再開で一か月は二人で会ってない。
 多忙が続く毎日に、きちんとご飯を食べているのか、睡眠はとれているのか、 若葉は心配でメールをすると「大丈夫だよ」という返事がくる。
 けれど教室で見ると、最近リョウの表情が疲れ気味のように見えていた。

 そして毎年この時期になると、隣接する系列の大学から教育実習生がやってくる。
 実習生は緊張した面持ちでリョウの後に付いて教室へ入った。

「今日から教育実習生として二週間皆さんと勉強させていただきます、水越(みずこし)です。よろしくお願いします」
 水越は丁寧にお辞儀をし、生徒たちから拍手をもらう。
 肩に付くか付かないかくらいの黒髪にナチュラルメイクだが、 高校生の若葉からしたら大学生のお姉さんという感じで大人っぽく見える。
「私はこの学校の卒業生なんですが、実は三年生の時にリョウ先生が私と同じように教育実習に来たんですよ」
 水越の一言で教室中がどよめく。もちろん若葉も驚いた。リョウの大学生時代を知っているんだ、と。
 水越はあっという間に人気者になって、休み時間になると生徒たちに囲まれていた。


 週番だった若葉は放課後、日誌をリョウに届ける。
 この時間だったら教官室にいるかと思い教官室をノックしたが、リョウはいなかった。
 若葉は以前、リョウは職員室が好きではないと内緒で教えてもらったことがある。 用もない生徒が遊びに来たり、目上の先生のくだらない話に気を遣うのも大変だから、 教員一人一人に個室を与えてくれる学校でよかった、と言っていた。
 職員室に向かい、若葉は出入り口で身動きが取れなくなってしまった。 それはリョウと水越が親しげに話していたから。他の女の先生とだって、 あんな風に楽しく話しているのを見た事がない。そして水越はリョウにボディータッチをした。
(さわらないで)
 この場で叫んでやりたかった。けれど若葉は言えない。
「先生が覚えていてくださって嬉しいですぅ」
 媚び媚びの声。悔しいけれど本当に可愛らしく、女の若葉から見ても水越は男にモテるんだろうなと思った。 清楚な雰囲気はリョウのタイプなのだろう。若葉にも時折、清楚さを求めてくる。

 若葉はゆっくりと深呼吸をして職員室の中へと入った。
「先生、日誌です」
「はい。ご苦労様」
 二人の“先生と生徒”の会話。他の生徒のように談笑はできない。若葉はリョウには一切興味がないふりをし続けていた。
「さようなら」
 精一杯の笑みを浮かべて、水越にも顔を向けて言う。
「気をつけて帰れよ」
「さようなら」
 リョウと水越が揃って若葉に挨拶をする。
 悔しかった。
 どうして男の実習生でなかったのだろう。どうして過去のリョウを知っている人が来るのだろう。 そう考えたら、憎悪感でいっぱいになる。
 職員室から出て、廊下を少し歩くと椎名と偶然会った。 若葉は何事もなかったかのように「さようなら」とすれ違うと、椎名に「大丈夫?」声を掛けられた。
「何が、ですか?」
「“悩み事”があったら相談するんだよ」
「はい」
 若葉は小さな声で頷き、歩き出す。本当は「椎名先生、聞いてよ!」と、 すがりつきたかった。でもできなかった。椎名に言ったら、リョウに話が回ってしまいそうで。

 その日の夜、若葉は職員室での出来事を思い出す。リョウが水越のことを覚えていたということは、 よっぽど印象があったからか。リョウが教育実習生だった時、水越と何かあったのか。
「あー、だめだめ。私は先生のことを信じるの!」
 自分に言い聞かせるように、リョウがくれたタオルを彼に見立てて、切なく口付けをした。


 あいかわらず水越はリョウに対して馴れ馴れしくて、ついには二人の噂まで飛び交った。
 クラスメイトの情報によると、一部の教師と教育実習生が飲みに行ったそうで、 リョウと水越がいい感じだったらしい。リョウからは飲みに行ったことも聞いてないし、 誰がその現場を見て、その噂を流したのかもわからない。
 若葉は聞かずにはいられなくて、噂の真相をリョウにメールで聞いた。
“たしかに飲みに行ったけど、絶対そういうことはないから信じて”
 リョウからは完全否定する返信があった。
 若葉はどんなことがあってもリョウのことを信じたかった。
 でも、もう限界だった――。
 水越を見ていると、リョウのことが好きなんだと明らかにわかる。 きっと相手が自分と同じ生徒だったら、ここまで思わない。相手が水越だから、そう思うのだ。
 若葉は一分でもいいから、二人で会いたかった。
 メールなんかではなく、ぎゅっと抱きしめて一言「お前だけだよ」それでいい。 それなのにリョウから「会おう」と言われることはなかった。


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2006-04-04
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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