38、修学旅行・8+α


 若葉はリョウに一刻も早く謝りたかった。タクシーに乗るために大通りまで出ようと走ると、 向こうにこちらを見ている人がいることに気付く。
(誰? 背の高いあの人は……先生だ!)
 若葉は迷いもなく、リョウの胸に飛び込んだ。
 リョウは若葉の名前を呼びながら、ぎゅっと抱きしめる。
「先生、ごめんなさい」
「やっぱりここに来ていたんだ」
「どうしても見たかったの」
「うん。そうだと思った。俺も連れてきたかったんだ」

 リョウは腕時計で時間を確認する。
「まだもう少し時間があるな」
 若葉の手を握って、近くの河原まで歩く。
「ちょっと寒いかな。ここ、昨日は来なかったけど、俺が一番好きだった場所なんだ」
 そばには静かで透き通った川が流れていた。
 二人は土手の階段に腰を下ろす。
「俺、若葉と隼人が抱き合っているところ見て誤解した」
「先生、あれは違うの! なんというか、隼人に慰めてもらったというか。 本当は誰にも言っちゃいけない約束だったんだけど、色々話聞いてもらって。 ちょっとだけ先生の代わりになってもらっただけなの。何にもないよ」
 若葉は必死で隼人との関係を否定する。
「隼人から聞いた。あいつなら個人的に信用できるからいいよ。俺、二人を見て嫉妬したんだ」
「嫉妬?」
「若葉は俺が嫉妬したって聞いて嫌だと思う?」
「ううん。むしろ嬉しいかも」
「そういうことなんだよ。つまり俺も若葉に嫉妬されて嬉しかった。 本当に好きな人からそう思われたら嬉しいもんなんだよ。 それから今度、生徒から彼女がいるか聞かれたらちゃんと答えるよ。 もちろんそれ以上のことは言えないけど。若葉は俺にとって大事な生徒の一人でもあるけど、 それ以上に大切な彼女でもあるんだよ。だからさ“終わり”とか言わないで」
「ごめんなさい。私いつもわがままばかりだし、先生を困らせて、もう嫌われたかと思った」
「嫌いには、なれないな」
 リョウはそう言い、はにかむ。
「ねぇ、先生。私こんなんだけど、本当に先生の隣にいてもいいのかなぁ」
「ここまで言わせて、何言ってんの。若葉のわがままぐらいじゃ嫌いにならないよ。それに愛しているから」
 リョウは若葉の華奢な肩を抱き寄せる。
「手、出して」
「手?」
 若葉が手を出すと、リョウは袖を少し上げて、ポケットの中から出していたブレスレットを彼女の手首につけた。
「これぐらいの物なら、うちの学校じゃ注意されないでしょ」
「ありがとう」
 ブレスレットについているクリスタルガラスが、光を反射しキラキラ輝いていた。

「時間が止まるといいのにな。そしたらずっとここにいられる。ここなら周りを気にしたり、誰にも邪魔されないのに……」
「今、私も同じことを考えていた」
 二人は微笑み合い、リョウは冷えてきた若葉の肩を再び強く抱き寄せた。
 ここは外だというのに、周りの目を気にすることなく……。


 そして二人は現実の世界へ戻るため、タクシーに乗った。
 リョウは携帯を取り出し椎名へ電話する。

「もしもし。悪かったな。そっちは大丈夫か?」
「おう。全然大丈夫」
 リョウは安堵の息をつきながら椎名に今どこにいるかを聞いた。
「気を付けろよ」
「ああ」
 タクシーを早目に停止させて先に若葉を降ろす。リョウは奥まった通りまで行ってもらうように頼み、 人通りのない場所で降りて、生徒たちの元へと歩いた。


     * * *


 修学旅行から約二か月後。
 リョウは自分のクラスの生徒と化学室での授業を終わらせ、片付けながら 「明日までに実験レポートを書いて提出するように」と話す。
 ふと窓の外のハラハラ舞う雪が目に入った。
「あ、雪だ……」
 リョウの声に、生徒たちが一斉に外を見る。
 どうりで今日は冷え込むわけだとリョウは白衣の上から腕をさすった。

「もうすぐクリスマスだね。今年こそホワイトクリスマスになるかなぁ」
「先生、今年のクリスマスは?」
 クラスの一人の女子がリョウに質問をする。
「ハイハイ。彼女と過ごしますよー。だから期末で追試になったりして俺に仕事増やさないでくれよ」
 リョウはさらりと答えた。
「えー!? 先生彼女いたのー!?」
「爆弾発言!」
 一気に室内が生徒の声で騒がしくなる。
 リョウは何気なくその彼女、若葉の方に目をやると、当の本人は外の雪を嬉しそうに眺めていた。
 そしてチャイムがなり生徒は教室へ戻っていく。
 リョウが実験道具を片付けていると、若葉はリョウの前を通りながら「先生、ありがとね」と小さく言った。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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