39、冬


 生徒たちの前で、彼女とクリスマスを過ごすと爆弾発言をしたリョウは、 若葉の家で家族と一緒にクリスマスを過ごすことになった。
 食事の前に若葉の部屋で、リョウは彼女が欲しそうにしていた財布を、 若葉はドイツ製のボールペン(と言っても高校生が買えるくらいの物だけれど) に彼の名前を入れてもらい、それぞれプレゼント交換をした。

 年末年始は、いつもリョウは雪で帰れなくなることを想定していて、夏にしか帰省していない。 そのため、若葉の両親の招待に甘えることにして、クリスマスのように楽しく過ごした。


      * * *


 そして一段と寒さが増してきた頃、女子にとっては忘れることのできないバレンタインが近付いてきた。
 若葉は、リョウが今までにどれくらいプレゼントや告白をされていたのか気になるが、 バレンタインの当日の夜に会ってくれると言ってもらえたので、 今までで一番美味しいチョコレートケーキを作ろうと張り切っていた。
 ケーキの他にはマフラーを渡そうと一生懸命編む。家庭科で習ったので 簡単にできるだろうと高をくくっていたが、選んだ黒の毛糸は編み目が見にくくて時間がかかる。 外に出かけた時にグルグル巻いて顔を隠せるようできるために長めに編みたいけれど間に合うか焦っていた。

 ケーキは前日に若葉の家で愛果と作る予定だったけれど――――


 バレンタインの二日前、若葉は喉の調子がおかしいことに気が付いた。
 日曜日でリョウは部活指導があるため会えない。
 若葉は暖かい部屋でゆっくりしながらも、急いでマフラーを編んだ。



 その翌日、熱はないものの、咳が出始めたのでマスクをして学校へ行った。
「どうしたの? 若葉大丈夫?」
 愛果が心配そうに聞く。
「うん」

 始業チャイムがなり、教室のドアが開く。
 リョウが教卓の前に立った途端、若葉は目が合ってしまった。
「早坂、風邪か?」
 てっきり見て見ぬフリされるかと思っていた若葉は驚いて声が出ず、黙ったままコクリとうなずいた。
「みんなも体調管理をしっかりして気をつけろよ」
 リョウはこのくらいなら特別ではないだろうと判断し、心配ながらも普段通りに出欠席を取り始めた。

 若葉の体調は時間が過ぎていくことに悪くなっていく。
 昼食は学食で好きな物が選べるので、うどんを選んだが半分ほどしか食べられなかった。
 五時間目はリョウの化学で、教室での授業だった。頭が痛くなってきた若葉は机に伏せている。
 リョウは若葉の席のそばに行き「授業はいいから、保健室に行きな」 と声を掛けると、若葉は素直にそれに従い、フラフラとしながら保健室に向かった。
 修学旅行といい、今日といい、すっかり病弱なイメージが浸透してしまったなと思いながら、 若葉はゆっくりと階段の手すりにつかまりながら下りていった。

「はい、静かに。次のページの練習問題の一番と二番やって」
 リョウはざわつく教室内の生徒を落ち着かせるため、問題を解かせる。
 朝の時点で保健室に行かせればよかったなと後悔した。もし自分が教師でなければ付き添うのに。
 そしてリョウは何もなかったように授業を再開する。
「できたか? じゃあ、問一、名簿番号十三番……田中、答えて」


 若葉はなんとか保健室に辿り着き、熱を測った。
「三十七度、これから熱が上がってくるかもね」
 養護教諭に言われ、若葉はベッドで休むことにした。
「明日は無理かなぁ」
 若葉はため息を吐いてバレンタインのことを考えていたが、咳のせいで寝不足だったので、いつの間にか寝てしまった。

「若葉。大丈夫?」
 愛果は若葉の鞄を手に持ち、声を掛けた。
「何時?」
「下校時刻だよ」
 もうそんなに時間がたっていたんだと思いながら起きようとすると、自分の体がかなり熱いことに気が付いた。
「愛果。今日ケーキ作るのは無理だぁ……」
「うん、そうだね。私が若葉の分も作ってあげたいけど、それじゃ意味ないよね」
「ごめんね」
「ううん。全然いいよ。風邪なんだから仕方がないよ。“若葉のカレ”もわかってくれるって。……ん、何これ?」
 愛果は若葉をなぐさめていると、ふと手に何かが当たった。 枕の下から少しだけ飛び出ている紙を引き出し、 それを開いて見ると「若葉へ」と言う文字が目に入った。急いで若葉に「手紙だよ」と渡す。

「若葉へ。早く元気になってね」

 その文字を見て、若葉はその手紙を書いた人がリョウだということにすぐ気が付いた。
「何? 急にニヤけちゃって」
「ヘヘ」
 愛果もすぐにピンときて、若葉をからかう。
 若葉は、この手紙一生大事にしようと鞄にしまった。

 反対方向の愛果と学校の最寄り駅で別れ、若葉は一人で電車に乗る。 マナーモードの振動に気付き、メールを開くとリョウからだった。
「一人で帰っているの? 手紙には書けなかったけれど、 今日は職員会議で送ってあげられなくてごめんな。今日、明日はゆっくり休んだほうがいいよ」
 若葉はその優しい言葉に一人マスクの奥で頬を緩ませた。

 家に着き、手洗いとうがいをしっかりして、パジャマに着替える。 熱を測ると三十八度。どうりで体が熱いわけだ。とにかく先生にメールをしなきゃと若葉は布団にもぐりながら携帯を打った。
「今家に着いたよ。手紙もありがとう。すごく嬉しかったです。 でも熱が上がってきちゃったよ。おやすみなさい」
 そのままリョウからの返信にも気付かず、若葉は眠ってしまった。


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2006-02-11
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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