37、修学旅行・7


 四日目の最終日、札幌自由行動。

 若葉が別れを選び、リョウにはっきりと告げた。
 リョウはそれに何も返事をしなかった。
 若葉には隼人がそばにいてやるのが一番だと思っていたから?  いや、そうじゃない。 彼女の気持ちに返事をしたくないだけだった。
 リョウは若葉と出会うまで、自分から進んで誰かと付き合いたいと思わなかったし、 別れを告げられれば追いかけることもなかった。だから若葉といつか別れがきたとしても、 今までの生活が戻っただけと思えばいいと自分を言い聞かせようとした。 けれど愛しい気持ちは消すことはできない。若葉といると楽しくて、時間や自分の立場も忘れてしまうくらいに愛していた。

 空港に行くまでの四時間は札幌市内で自由行動だ。
 リョウはどうしても若葉に見せたい場所があった。それは自分の母校。
 修学旅行の数日前、若葉は「先生の通っていた高校を絶対見たい」と言い、 リョウもしっかりと覚えている。けれど彼女は倒れてしまって、連れて行くことができなかった。
 若葉の気持ちは離れてしまって、もう遅いかもしれない。それでもどうにかして連れ出そうと思った
 しかし若葉の姿がない。たしかにバスには乗っていたはずだったのに。
 リョウは愛果を捕まえて、若葉の居場所を聞く。
「二人仲直りしたんじゃないの? バス降りて速攻で走って行ったから、先生とどこかに行くのかと思っていた」
「は!?」
 若葉は心配させないように本当のことを言わなかったと、愛果とリョウは知る。
 愛果とコソコソしていて怪しまれるのも困るので、次に隼人を探した。
「隼人! ちょっといい?」
 他の生徒から少し離れ、リョウは聞く。
「あのさ、わか……早坂は?」
「知らないですけど」
「お前ら一緒じゃないの?」
「先生、俺、若葉のこと知っていますよ。あいつから全部聞いた。あっ、もちろん誰にも言わないから、俺口堅いし」
「じゃあ、彼女が別れようとしていることも?」
「え、なんでそこまで話が飛ぶんですか!? 若葉は好きでしょうがないと思うけど?」
「だってお前らが……その、抱き合って……」
「まじで? わー、もしかして俺ってヤバイことした? 俺らは何にもないですよ。ただの友達だし……」
 隼人は恐怖で後ずさりする。
「いや、何もないならいいよ。許す。それなら、あいつはどこ行ったんだ?」
「先生、携帯は?」
「いや、つながらない」
「どこか心あたりないんですか? 若葉が行きそうな場所や、行きたいって言っていた場所……」
「あそこだ!」
 リョウは夢中で大通りまで走った。そしてタクシーをつかまえ乗り込み、椎名に電話をする。

「椎名?」
「お前どこ行ったんだよ。急に走って」
「悪いけど、今から昨日行った俺の母校に行く。たぶんそこに若葉が行っていると思うんだ」
 リョウの緊迫した声に、椎名はすぐに察知する。学校交流している間に、ある程度のことはリョウから聞いていた。
「わかった。時間気を付けろよ。何かあったら電話するから」
「ああ。悪いけどそっち頼むわ」

      * * *

 若葉は一人でリョウの母校に来ていた。
 バッグからリョウの兄からもらった、高校時代の写真を取り出し、門の前でそれをかざしながら校舎を見上げた。
 どうしても一枚だけ持っていたくて、高校生のリョウの写真だけ抜いていた。
「先生はここに通っていたんだね……」
 緑に囲まれた自然豊かな学校だ。
 不思議と涙は出てこなかった。ここへ来てリョウのことを思い出して泣いてしまうかもと思っていたのに、 逆に自分の気持ちに区切りを付けることができそうな気がした。
 涙の代わりに、冷たい風が頬を刺す。
「これでもうおしまいにしよう」
 若葉は大きく深呼吸をし、時間を確認しようと携帯電話の電源を入れると、一斉にメールや不在着信の知らせが入ってくる。
 そして着信音が響き、知らない番号が表示された。
 若葉は黙ったまま通話ボタンを押す。
「若葉ちゃん? 椎名だけど」
 椎名は愛果からメールで若葉の番号を聞き、電話を何度も掛けてやっと繋がった。
「椎名先生? どうして?」
「いいから聞いて。あのね、教師という立場を超えて生徒と付き合うのって、 生半可な気持ちじゃ付き合えないんだよ。大事な時期をすべて預かるわけだから、 彼女の将来のことも考えて、責任もないといけない。
それから自分の職業も、何もかも失う可能性だってある。
だからリョウが若葉ちゃんの気持ちを受け止めたことを、若葉ちゃんは解っている?」
 若葉は何も言えなかった。一歩的な感情だけで突っ走り、タクシーに乗っている時でもリョウの言葉に耳を塞いだ。
「ごめんなさい」
「もう少し大人にならないとね」
「はい」


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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