28、新学期

 九月一日、新学期。
 若葉とリョウにとって現実的な日常生活が始まる。

 チャイムと同時にリョウは教室に入った。
「起立」
「おはようございまーす」
 だるそうな間延びした生徒の声が教室内に響いた。夏休みが始まる前日の終業式のような元気な声はない。
「おはよう。お前ら新学期からやる気のない声出すよな。こっちまでやる気なくすだろ」
 リョウの一言で教室がざわつく。「だって」と反論する生徒たちの中にリョウはふと若葉の方を見た。 ムスーッとした顔で“担任”の顔を見ている。いつもの作った若葉だ。

 そしてリョウもいつものように出欠席を一人ずつ取った。 何にもなかったように彼女の名前を呼び、彼女も何もなかったように「はーい」と怠けた返事をする。

「この後体育館で始業式を行うので、廊下に並ぶように。 それから制服検査があると思うから、男子はシャツをしまうように。 女子はスカートの長さ気をつけろよ。あ、あと爪もあんまり目立つ色塗っていると注意されるからな。 除光液がほしいやつは取りに来い」

 普段はあまり校則で縛っていないが、こういう式だけは制服や頭髪を指導するように言われる。 毎日うるさく言っても……と教頭たちは言い、だったら一切口出ししなければいいのにとリョウは面倒に思っていた。
 そして廊下に並んだ生徒の服装などをリョウは一人一人確認する。
「おい、かかと踏むなよ」
「まくってある袖、直せ」

(そして若葉! なんでお前はいつもいつも……)
 心の中で思いっきり、ため息をついた。
「はーやーさーかー! スカート短すぎ!」
 リョウが注意すると、若葉はキッと睨む。彼女は自ら上の服をまくり、わき腹を出した。
「残念ですが、これ以上長くなりません」
(男子は前の方にいるから見られないとしても、こんな場所で……)
 今度は実際に大きくため息をつき
「わかった。もういいから。他の先生に注意されても腹出すなよ」
 リョウはそう言って、残りの生徒をチェックする。

 若葉は前にいた愛果にクスクス笑われていた。
 リョウは一番前の列から離れた所に立ち、クラス全員を見渡したあと、 もう一度若葉の方に目をやると、彼女はニコっと可愛らしく微笑んだ。
 リョウはとっさに背を向け、調子が狂うと頭を抱えた。

 オン・オフの切り替えは、若葉の方が上手(うわて)かもしれない。



 始業式の帰りのホームルーム。
「放課後、早坂は俺のところまで来い。反省文を書かせる」
「は? なんで私だけなんですか?」
「お前は何回言っても直さないから」
 それだけではない。職権乱用というやつだ。こういう時に使わなくてどうする。 リョウは手にしているチョークを折りそうな気分だった。


 リョウが教官室で待っていると扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
「失礼します」
 リョウは若葉に鍵を閉めるように手で合図をした。

 そして小声で話す。
「お前さ、男子達になんて言われているか知っている?」
「何?」
「美脚若葉」
「ぬぁっ、何それ?」
 驚きすぎて変な声が出てしまった。
「夏休み、テニスしに来た時、言っていたんだ。 “やっぱりうちの学校のベストオブ美脚は若葉ちゃんだー!”って。ちなみにベストオブ美肌は七瀬らしいんだけど」
「ああ、確かに愛果の肌は綺麗だね。……ってホントに? 初めて聞いた」
「だから、俺は他のやつらに見られたくないわけよ。わかる?」
「……」
 黙ったままの若葉に、リョウは一万円札を渡した。
「これで今から膝丈の新しいスカートを買ってきなさい」
「えー。ほら、もうすぐ衣替えだし。そしたら長くするからね? 先生許して」
 ここぞとばかりに首を傾げ可愛いポーズでお願いする若葉。

「ダメ!」
 リョウは思わず声を上げてしまう。ここは学校だと自分を言い聞かせ気持ちを落ち着かせた。再び声のボリュームに気を付ける。

「直さないなら、もうどこにも連れてってやらないよ」
「そんなぁ。……わかりました。それで、用はそれだけ? 反省文はいいの?」
 急にシュンとなる若葉を見て、リョウは頬が緩む。
「いいよ」
「じゃあ、ちょっとくっついてもいい?」
 若葉は急に恥ずかしそうに頬をピンクに染めて言う。そんな顔、教室では絶対に見せないくせに。
 でもリョウは彼女のそういうところも好きだったりする。 普段はツンケンしているのに、こんなふうに甘えてきたり、わがままで強がりのくせに泣き虫で、 泣くと鼻水がすごくて。彼女の良い所も悪い所もすべてが愛しくて仕方がない。

 腕に遠慮がちにくっついた若葉の姿に、リョウは自分からふれるのをぐっと我慢しながら見つめていた。 三秒も経たないうちに若葉の方から離れる。
「じゃ、購買閉まっちゃうから行くね。お金は明日返します」
 そう言って若葉はコロッと表情を変えて教官室から出た。


 翌日、ミニスカートがトレードマークだった彼女は膝上のスカートに変わると、通りすがる生徒から注目を浴びた。
 それでもリョウにしてみたら、もう少し長い方が良かった。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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