27、軽井沢

 夏休み最後の日曜日。
 早朝、リョウは若葉の家まで迎えに行った。

 行き先の軽井沢まで車で二時間弱ほどかかる。
 二人は車の中で色んな話に花を咲かせた。

「そうそう、外では“先生”って呼ぶなよ」
「じゃあ何て呼べばいい?」
「普通に“リョウ”でいいんじゃない?」
「呼び捨て!?」
 いきなり呼び捨てとは若葉にはハードルが高すぎる。
「頑張って」
 リョウは助手席にいる若葉の手をぎゅっと握った。
「いつものクセで“先生”って呼んじゃったら?」
「そしたらバツを与えよう」
「どんな?」
「何がいいかな。その都度言うよ」

 幸い渋滞にも巻き込まれることなく、目的の軽井沢に到着した。
 リョウは大学生の頃、テニスをするために毎年軽井沢に来ていて、若葉にいろんな場所を案内した。
 そして「今日は地元ではないから特別」と、外でも手をつないで歩いた。

 木々に囲まれる小さな教会が二人の目を惹く。
「わー。かわいい教会だね」
「入ってみる?」
「いいの?」
 入り口には『礼拝はご自由にお入りください』と書いてあり、若葉はそれに気付く。
 大きな重厚な木製のドアを開くと、ステンドグラスの窓から光が差し込まれ素敵な教会だった。中にはちょうど誰もいない。
 若葉は中央のマリア像に目を奪われる。
「私達って許されない関係でしょ。怒られないかなぁ」
「どうだろうね」
 若葉は膝まづく。
「神様、どうか私達を許してください。見守ってください。お願いします」
 目を閉じ、心から祈った。
「若葉……」
 リョウは若葉の腕をつかみ立ち上がらせた。そしてそのまま彼女を抱きしめる。
「どんなことがあっても俺は若葉を守るよ」
 そう告げ、額に軽く口付けをした。
「なんだか、結婚式の誓いのキスみたい」
「誓いのキスみたいなものかな」
 リョウはそう呟き、再び彼女を胸に抱いた。
 ロマンチックな余韻に浸りながら、二人は教会を出て再び町を歩いた。

「体、大丈夫か?」
「うん」
 日陰はひんやりするほど涼しいし、湿度も街とはまったく違う気がする。
「先生。私アイスクリーム食べたい!」
「あ、今言った」
「え?」
 若葉はハッとし口を押えるものの、もう遅い。リョウはいつ言うか待っていたのだ。
「はい、バツね」
 リョウ近くのベンチに座り、若葉に小銭を渡す。
「俺、緑茶がいい。若葉はアイス買っておいで」
 なんだ、こんなこと? もっとすごいことを言われるかと思ったと若葉は自動販売機で緑茶のボタンを押し、先にお茶を渡した。
「ありがと」
 そしてアイスクリームの列に並び買い求め、リョウの隣に座りスプーンでアイスをすくう。
「美味しい」
「よかったね」
「うん。先生も食べる?」
(はっ! ダメだー)
 がくっと若葉はアイスを持ったまま項垂れた。
 リョウは笑いながら「ちょうだい」と言い、若葉がリョウにスプーンを差し出すと 「ちがう。食べさせて。バツだから」と平然な表情を見せて要求した。
 いつもと違う雰囲気に、甘すぎると若葉はじたばたしたくなる。いつもの感じなら 「そんなこと恥ずかしくてできるか」と言いそうなのに。
 若葉は頬を赤らめながらアイスをすくい、リョウの口へ運ぶ。
「美味いね」
 リョウの何気ない表情にきゅんとし、先生可愛い!と心の中で叫んだ。

「名前さ……」
「え?」
「名前、いいよ。無理しなくて。そのうち呼べる日がくるよ」
「うん…」
 本当は名前で呼びたい。けれどまだ恥ずかしい。喜んでもらいたいのに……。 様々な想いが交差しながら、若葉はアイスクリームを食べた。


 ランチは人気のあるイタリアンレストランをリョウがあらかじめ予約しておいた。 案内された席に座って、パスタとピザのセットを注文してシェアをする。
 お皿にパスタを取り分けて、若葉はフォークでクルクルと巻いて食べた。
「美味しい?」
 リョウはニッコリと笑い問う。
「すっごく美味しい!」
 若葉の答えに、リョウの表情は再び頬を緩める。

「そういえば先生って、学校と全然違うよね」
「ん? 何が?」
 リョウはポトッと溶けたチーズを皿に落とす。
「そういうところもかな」
 “先生”と若葉が呼んでしまったことは二人とも気付いていない。
「俺はオンとオフを使い分けたいだけだよ。普段からあんな風にしていたら疲れるでしょ?」
「そうだね」
「だから若葉も頑張ってね」
「何を頑張るの?」
「オンとオフ。学校では今まで通り“私はあんたに興味ないし”って顔するんだよ」
 若葉は笑って誤魔化し、少し胸が痛くなった。そういう態度で リョウを傷つけたのかもしれないと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 その後アウトレット行き、若葉はリョウに服を買ってもらった。
ミニスカートやショートパンツ、そして腕や胸元が露出されるデザインは即却下され、 リョウが選んだのは膝丈の清楚なワンピースだった。
「ありがとね、リョウ……」
 店を出て若葉は思い切って名前を呼ぶ。
「おお! 今言った! 可愛いなぁ。もう一着買う?」
 リョウははしゃぎながら、若葉の髪を撫でた。
 彼の一つ一つの仕草、言葉、瞳、すべて若葉だけに向けられている。
 それだけで彼女は胸がいっぱいになる。幸せすぎて怖いくらい、 いい事の後には悪い事が起こるのではないかと不安になるくらい、若葉は幸せだった。

 そして夕方、軽井沢を後にした。

 初めてのデート、初めて二人きりで一日一緒にいた日。
 何より若葉にとっては夏休みの最後に最高の思い出ができた。
 きっと季節ごとに思い出が増えていくんだろう。それが永遠に続けばいいなと二人は思った。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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