29、HR


 生徒にとっての最大のイベント、修学旅行が近付いてきた。
 リョウにとっては二度目で、昨年は補助での引率だった。
しかし今年だけは特別な、二人が同じ思い出を作ることができる最初で最後の修学旅行。
周りのハイテンションな生徒のように表現することはできないが、リョウも若葉も心踊るように楽しみだったりする。

 その修学旅行まで一か月と少し。それまでに朝と帰りのHRで色んなことを決めなければいけない。
 修学旅行実行委員会で作成された冊子を生徒達、リョウにも配られた。

「おお! 修学旅行、私服でいいのー!?」
 冊子を見ながら生徒達が騒いだ。大騒ぎをするのは無理もない。 私服の許可が下りたのは今年初めてだった。
 今年の実行委員は言い出すことが例年と違って、それぞれが色んな提案を出した。 まずは制服ではなく私服で行きたい。それからクラス別行動の時間を増やしたい。 彼らが自分達で色んなことを決めたということに教師たちは誰も反対しなかった。

 リョウの勤める学校は自由な校風で、生徒たちの意見を尊重する。 だからと言って特別悪い生徒はおらず、偏差値もなかなか高く、進学率が良い。 だから若葉みたいに遠くからわざわざ通う生徒も少なくはない。


     * * *


 金曜日のホームルーム。
 三日目の札幌クラス別行動でどこに行くのか、今日までに決めなければいけなかったので、
各自行きたい所を考えておくように言われており、話し合うことになった。
 委員が教壇に立ち、案を出し合った。
 しかし、一人の生徒が 「なんか普通じゃねぇ? ここだったら四日目で回れるし、他のクラスのヤツらも行きそう。 もっと俺らしか行かないようなところないかな」と言い出したことから、教室内はさらにざわつく。
「だったらどこだよ」
「先生って札幌出身なんですよね? 何処かないですか?」
 リョウに降りかかってきた。
「そうだなー…」
 自分の席に座っていたリョウは札幌で観光名所じゃない穴場を考える。

「はい!」
 手を挙げた主は珍しくも愛果だった。
「先生のご実家がいいと思います」
 唐突な意見にリョウは「はー?」と声を上げた。
「先生のご実家って蟹料理屋さんなんですよね?」
「うっ……」
 実家が店をやっていることは椎名しか知らない。どうやら愛果は椎名に聞いたようだ。 まだ若葉にも話したことがなかったのに……とリョウが彼女の方をちらっと見ると、 それまで興味なさそうに外を向いていたのに「蟹?」と目を大きくした。
 この間、軽井沢に出かけた時に、北海道の夏と冬の話は聞かせてもらったけれど、 実家でお店をやっていることは初耳だ。どうして教えてくれなかったのだろうと、膨れっ面を見せる若葉だった。

「先生、本当ですか?」
 委員がリョウに確認する。
「ああ……、まあな」
「じゃあ、昼食はそこということでいいですか?」
 拍手と歓声で一致だ。
 ちなみに若葉も「蟹づくし料理食べたい!」と隣の生徒と喜んでいる。
「ちょ、ちょっとお前ら勝手に決めるなよ」
「先生、あとで電話番号教えてもらえますか? 僕らで予約を取りますので」
 この三日目はすべて生徒中心で取り決めるもので、予約などすべて生徒が責任もってやることが前提だった。 リョウが入る余地はない。

「それじゃ、他に見学する所はどうしようか」
「じゃあさ、先生の育ったところを見るのってどう? どこでどう育ってこうなっちゃったのか知りたくね?」
「おお、それいいね」
(“こうなっちゃった”ってどういう意味だよ!)
 リョウの意見は完全に無視され、勝手に決まっていった。

「それでは三日目はまず最初に展望台を見学し、先生の実家の蟹料理屋で昼食。 そのあと先生の母校を訪ねて、そこ生徒たちと交流をとるということでいいですか?」
「はーい」
 リョウはこれでいいのか?と疑問を持ちながらも、黙っている。さりげなく若葉の方を見ると楽しそうにしていた。

「じゃあ、これで決まりということだな。言っておくが俺は男子校出身だけど、男子達はそれでいいのか?」
 リョウの一言で一瞬にして教室が静まるが、再び大騒ぎとなる。

「マジでー? 俺、遠恋する覚悟だったのにー」
「誰とだよ!」

「今からでも遅くない。変更しよう、変更」
「いいじゃーん。もう面倒」

「かっこいい男の子いるかなぁ」

「静かにしろー」
 リョウの声も届かないほど、この日のホームルームは終わっていった。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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