16、救出


「彼女、嫌がっているだろ?」
「てめぇー、善良なフリしたナンパか? 邪魔するなよな」
 男がリョウの手を思いっきり振り払った。リョウはひるむことなく若葉の肩を掴み、そのまま腕の中に抱く。
「悪いんだけどさ、若葉は俺のもんなんだわー」
 若葉はこんな状況にも拘わらず一人キュンとした。 見上げた先には光る汗、そしてしっかりと自分を掴まえているたくましい腕は、先生と言うことを忘れさせる。

 リョウの睨み効果で、男は「な、なんだ、若葉ちゃん、彼氏が迎えに来ていたんだ……ハハハ」
とそそくさ逃げて行く。
 あえて若葉の名前を出せばこの男も違う方向で誤解するだろうというリョウの予想は的中した。

「ほら行くぞ」
 リョウは若葉の手を引っ張り、手をつないだまま一緒に走った。
「なんで?」
 こんな人ごみの中、しかも影に連れ込まれていたのに見つけてくれたの?  つなぐ手の先にいるリョウが若葉には悪者から救出するヒーローのように見えた。

 そしてリョウはコインパーキングに停めてあった車の助手席のドアを開け、若葉を押し込むように乗せた。
「お前なー!」
 急に声を張られた若葉はビクッと肩をすくめる。そして隣で汗を流し、 大きなため息を吐いたリョウを見て猛反省させられる。ほんの少し前、ヒーローだと思った自分は大馬鹿者だ。

 リョウは若葉に、男に襲われそうになっているんじゃねーよ! と怒声が出そうになったがやめた。ここで彼女を責めるのも違うと判断する。
 優しく「大丈夫だったか?」と気遣い、若葉も小さく「……はい」と頷いた。
 少し安堵し、ネクタイを緩めて、首元のボタンを二つほどはずす。汗を拭きながら携帯を取り出した。
 若葉は色々なことを覚悟する。きっと他の先生に報告して学校に呼び出しだ。 そして残りの夏休みは補習に行かないといけないだろう。反省文何枚書かされるかな。

 するとリョウは
「平石です。すみませんが、ちょっと気分が悪くなってしまって先に帰らせてもらってもいいですか?  申し訳ないのですが、よろしくお願いします」
 そう言い電話を切った。他の先生に伝えるわけにはいかず、こうするしかなかった。
「補導したこと他の先生に言わないの?」
 若葉は不思議そうな顔をしてリョウに聞く。
「なんで自分のクラスの生徒を補導したって、わざわざ言わないといけないんだ。 そんなことしたら自分で自分の首をしめるようなもんだろ」

 たしかに。自分のクラスの生徒の問題なんて報告したら、上の先生たちに色々言われるなと若葉は納得する。
 しかし本当はそうではなかった。リョウは若葉のことが生徒として以上に大切だからなのだ。 本当は教師として、してはいけないけれど、今回だけは特別だ。
 そして、このあともっと特別なことも聞かなければいけない。愛果に言われた通り、 若葉の気持ちをもう一度きちんと聞こうと思った。
 こんなことは男としても立場的にも卑怯だと充分解っているけれど、 もし他の生徒や女達とは違う、自分への気持ちが本当だと知ることができたら、 彼女が卒業するのを待たずに今すぐその気持ちを受け止めて、自身の気持ちも伝えようと決心した。

 その前にリョウは、助手席にかかっていた服を若葉に渡した。あの日貸したジャケットだ。
「お前、俺の言ったことちゃんと聞いていた?」
「え? 服装のこと? ちゃんと上、羽織っていますけど」
 リョウは若葉が手にしたままのジャケットを広げ、布団をかけるように肩にかけて車を発進させた。
「暑いけど我慢しろ。まったく、腕隠して、胸隠さずだな」
 若葉はハッとして、ジャケットの中から胸元をのぞいた。確かに胸元があいている。 今更ながらジャケットの上から胸を押さえた。
「だから言っただろ? 露出した服着ると、へんな男が寄り付くぞって」
 若葉は何も言い返せず、しばらく黙り込む。

「先生。大学生って案外子供なんだね」
「まぁ、人によるんじゃない? っつーかバカな大学生でもお前に子どもだなんて言われたくないと思うけど」
「……うん、そうだね」
「何? 反論しないの?」
「そんな元気、ない……」
 信号待ちで車が停車すると、リョウの大きな手が若葉の頭を撫でる。
 どうしてそんなに優しい手で触れるのだろうと彼女は泣きそうになった。


←back  next→


「cherish」目次へ戻る



・・・・・・・・・・


2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







|| top || novel || others || blog || link || mail || index ||



 

inserted by FC2 system