15、感情


 リョウは「バレたら懲戒免職だぞ」と何度も忠告していたが、椎名は七瀬といつの間にか付き合うようになっていた。 リョウが知った時、ちょうど二人は揃っていて、椎名はすべてを覚悟していた。
「バレたら、俺は教職なんてやめるよ。彼女も退学になるかもしれない。 でも俺はあいつを転校させてでも、高校を卒業させる」
 本気で誰かを愛するとは、こういうことなんだとリョウは知った。 だけど自分は何かを犠牲にしてまで、誰かを愛することなど一生ないだろう。この時はそう思っていた。
 学生の頃から女に特別感情移入したことはなく、来るもの拒まず、 去るもの追わずの精神で付き合ってきた。きっと彼女たちには今でも恨まれているだろう。
 教師という職業に就くと、女子生徒から手紙をもらったり、 告白まがいなことを言われることも何度もある。もちろん、“来るもの拒まず”はもうやめて、リョウはいつも断っていた。

 しばらくして、若葉と彼氏らしい男と二人でいるのをよく見かけるようになった。 テニスを見に来ていたけれど、やっぱり付き合っている男がいたのか……。その時は特別何も思わなかった。
 若葉が二年生になり、リョウは彼女と愛果の担任に就いた。 クラスの生徒になれば余計に特別な感情は抱けない。そして若葉は自分のことをあからさまに避けていると気付いていた。
 あの男と付き合うようになって、急にスカートは短くなったし、化粧もするようになった。 それなのに成績はすべての教科優秀で、課題もきちんと提出し授業態度も良い。 ツンとすました顔をしているかと思えば、友達と大笑いしていたり、リョウは若葉のことが気になって仕方がなかった。

 そんなある日、部活指導のためテニスコートに向かう途中、若葉が泣いていた。 そして彼女から立ち去っていくのは例の男だった。若葉があんな風に泣くなんて想像もしていなかった。
 この時からリョウは彼女のことを守ってやりたいと密かに思い始めていた。 けれど若葉は大勢いる生徒の中の一人。しかも若葉はリョウのことを嫌っている。 リョウは悩んだこともあったが、自分の感情を抑えることが当たり前のことだと解っていた。
 それなのに椎名が生徒と付き合っているせいで、リョウが守っていた若葉との “教師と生徒”の線がどんどん薄れていく。こんなことを椎名に言ったら「俺のせいにするな」 と文句言われそうだなと、ふっとリョウは苦笑いしながら思った。

 あの夜、椎名のマンションで若葉に好きだと言われた時、思わず口付けをしそうになってしまった。 しかしすぐ冷静になることができた。酒のせいにしてごまかしたが。
 若葉がリビングを出たあと、色んな思いがリョウの頭の中をかき乱す。
 本気なのか、他の生徒と同じように、ただの年上への憧れだけなんじゃないか……と。 リョウはその時はまだ彼女の気持ちを疑っていた。あんなものは、よくある生徒からの告白と同じだ。
 けれど、もし自分が教師でなければそんなの疑わずに気持ちを伝えることが出来るのに……。 ぎゅっと押しつぶされそうな感情は初めてのことだった。


      * * *


 蒸し暑いサウナ状態の街を走り、汗が流れ落ちる。
 椎名から聞いた店の看板を見つけるとタイミングよく、若葉が男に連れられて歩道橋の階段下に行くのが見えた。

「いやー!」
 若葉の抵抗する声が聞こえ、男が無理矢理抱きつこうとしている。
 リョウはとっさに相手の男の頭を手で押さえ、間に合ったと呼吸を整えた。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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