14、夢中

 リョウは会議室で、年に三回行われる繁華街での校外指導のための説明を受けていた。 夏休みは駅周辺、カラオケ店、ファストフード店など重点的にチェックする。

 今日は熱帯夜か、とうんざりしながら教官室へ戻る。
「先生も当番だったんですね」
 今年赴任してきた教師に声を掛けられ、どんな感じなのかを質問された。 厳しい校風ではないが、生徒を守るためにもこういう見回りは必要であった。 夏休みだけは通常よりも多く、今回は六名で見回ることになっている。
 見回りは八時からで、それまでリョウは教官室で夏休み明けのテストの問題を考えていた。
 デスクの上の携帯がなり、相手は椎名からだ。
「もしもし?」
「リョウ? 校外指導って何時から?」
「八時からだけど」
「じゃあまだ間に合うかな」
 椎名は帰宅したはずなのに参加するのかと一瞬思う。
「愛果から頼まれたんだけど、若葉ちゃんが今日合コンに行っているらしいんだ。 たぶん中央街の方に行っているらしくて、補導から免れてやってほしい」
「はあ? そんなこと頼まれても困るって。お前だってわかるだろ?」
 いくらなんでもそこまではしてやることは立場的に無理だった。電話越しに雑音がし、耳を離す。
「ちょ、ちょっと代わって! 私のせいなの。若葉断っていたのに、 リョウ先生に振られてすごく落ち込んでいたから無理矢理行かせちゃったの。だから見つけても許してあげて。 それからね、若葉は先生のこと本当に好きだからちゃんと話聞いてあげて、お願い!」
 普段おっとりしている愛果が半泣き状態で早口に言うものだから、リョウはあっけに取られてしまった。
「ああ、もう、わかったよ。で、店はどこ?」
「し、知らない」
「お前なー。あの中から探すの無理だって」
 中央街はこの辺りで一番の繁華街である。
「ごめんなさい、若葉と連絡が取れなくて。取れ次第電話します」
 プツッと一方的に通話が切れて、直後に内線電話がなった。
「はい、平石です」
「先生、そろそろ行きますよー」
「わかりました」

(間に合うかな。間に合えよ)

 他の教師たちは他の車に便乗したので、幸いリョウの車には誰も乗っていなかった。そして、繁華街に到着する。

 胸ポケットに入れてある携帯がなり、通話ボタンを押しながら車を降りた。
「居場所わかったよ。中央通りのS*Hって店」
「S*H? ――わかった」
 リョウは夢中で人混みをかき分けながら走った。

 この時、リョウは特に考えていなかったけれど、後からどうしてあんなに夢中だったんだろうと思う。
「自分のクラスの生徒だから?」
 そう聞かれたら、そうだと答えるだろう。だけどそれだけではない。 リョウは、以前から若葉のことを生徒以上に見ていたのだ。



 リョウが若葉のことを気になりはじめたのは教師二年目。 若葉がまだ一年生だった頃。同じクラスで名簿が前後で仲良くなったという愛果と二人で、 よくテニス部の練習を見に来ていた。他に見に来ていた女子は何人かいたが、彼女たち二人は部員の目を惹いた。
 部員の男子たちは口々に「あの一年の子達、誰目当てなんだろう?」など噂をしていた。 そして、同じようなことをいう男は部員以外にもいた。同期でもある椎名だ。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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