13、強引


 時間が経つにつれて、それぞれいい雰囲気になり、携帯をお互い見せて連絡先を交換している。
 若葉がそんなやりとりを見ていると、隣に座っていた男が顔を近付け声をかける。
「若葉ちゃん、だったよね?」
「はい……」
「どうしたの? 酒一滴も飲んでないし、気分でも悪い?」
「そうじゃないんです」
「あー、つまらないんだ。じゃあ二人で抜け出そうか」
 店内の音楽が騒がしくて、男の口が若葉の耳に付きそうなくらいな距離で話す。 若葉は嫌で少しずつ離れるのに、距離を縮めようとするから困り果ている。
 きっと自分がモテるのだと解っているんだろう。男は自分のルックスを武器にとても軽いタイプだった。
(やっぱり、先生の方が格好良いし、当たり前だけど先生の方が大人だな……。 私がいたいのは先生の隣なのに。来るんじゃなかった)
 若葉は後悔していた。
 愛想笑いをしながら、その男を避けていると携帯がなっていることに気付く。 絶妙なタイミングに助かったと思いながら画面を見ると愛果だった。 若葉はここぞとばかりに「ちょっとごめんなさい」と席を外し、化粧室へ駆け込む。 途中経過を聞きに電話してきたのかと思い、かけ直した。
「若葉? 何回も電話したんだよ」
「ごめん、気付かなかった」
「それよりも大変! 今日の合コンってどこだった?」
「え? S*Hっていう店だけど……」
「それって中央街だよね。大変!」
「なにが?」
「椎名先生が学校から帰って来て聞いたんだけど、今日校外指導で先生達がそっちの方、回っているんだって。 結構大掛かりで、生活指導の先生とか教頭までも回るらしいの」
「うそ!?」
「絶対やばいから、今日はもう帰ったほうがいいよ」
「わかった。ありがとう」
 若葉は電話を切り、マリに事情を話した。
「ごめんね、先に帰らせてもらうね。……あ、お金……」
「ああ、今日は彼らがおごってくれるそうだからいいよ」
「ホント?」
「うん。若葉ちゃん、遅いから気を付けて帰るんだよ?」
 マリは心配そうに見つめる。
「ありがとう」
 あまりもたもたしてはいられない。若葉は急いで店を出た。
 駅はまずいので、タクシーをつかまえて帰らないと。飲食代が浮いた分、タクシー代に使える。
 歩道の端まで出ると、誰かに腕をつかまれた。振り返ると、さっきまで隣に座っていた男だった。
「待って。帰るの? ボクが送ってあげるよ」
「えっ……」
「それとも二人きりでどこか行く?」
 にやりと口角を上げて若葉を強引に抱き寄せようとする。
「行きません。帰ります! 一人で帰れますから、離して!」
 男は若葉の腕を引っ張り、いつの間にか歩道橋の階段下の薄暗い場所まで連れて行かれていた。 そして男が若葉の唇を奪おうとする。
「いやー!」
 最後の力を振り絞り、男を突き飛ばそうとしたその時。
 相手の頭が誰かの手で押さえられていた。
「え?」
 顔を見上げてみるとリョウだった。若葉は驚きすぎて声も出ない。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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