09、料理


 ダイニングテーブルには豪華なタラバガニと、若葉がほぼ作った肉団子スープが並ぶ。
 リョウたちはビール、若葉たちはお茶をグラスに注ぎ、乾杯をした。
 四人で「いただきます」と手を合わせて、若葉が最初に手を付けたのは蟹だった。 自分の作った肉団子なんていつでも食べられる。こんな大きなタラバガニは生まれて初めてだと 興奮しながら殻を割ろうとするが、うまくできない。見かねたリョウが「貸して」と若葉の分をいくつか手伝ってやった。
 そんな姿を、向かいに座る愛果と椎名が微笑ましく見守っている。

 リョウはやっと自分の食べたい物――若葉が作った料理を口にする。
「うまっ」
 学校では生徒たちが調理実習で作っては持ってくるが、 本人たちの前では褒めてはいるものの、見た目も味もそこまで美味しいとは思えなかった。 初めての若葉の料理だって、所詮十代の女子が作る物と高をくくっていた。
「なにこれ、すっげー美味いんだけど」
 リョウは一気にガツガツと食べ出し、お代わりを自分でしている。
 椎名と愛果も「美味しい」と言って食べてくれるけれど、 若葉はリョウの食べている姿を見て嬉しくてたまらなくなった。
 初めて母親が言っていたことはこういうことなのかなと解った。 その直後に思う。待てよ、そのあとに男はコロっといく? まさかね。若葉はクスッと笑って蟹を頬張った。

 そして酔っ払った椎名は隣の寝室のベッドになだれ込んだ。 愛果はそんな椎名を介抱しているうちに疲れ、「私も寝る」と椎名の隣で寝てしまった。

 リビングに取り残される二人。
 若葉は気まずくてじっとしていられず、蟹の殻の片付けや食器を洗った。
 リョウは生ごみをマンション内の二十四時間捨てられる場所まで持って行き、戻るとキッチンカウンターで酒を飲み始めた。
「外、雨が降ってきたよ」
「昼間あんなに天気が良かったのに?」
「一晩でやむと思うけどな」
 リョウは頬づえをついて酒を片手に若葉を見つめる。若葉は心の奥を覗かれそうで小動物のように怖がる。
「なんか、監視されているみたいで嫌なんですけど」
「監視なんてしてないよ。眺めているだけ。きっといいお嫁さんになるだろうなーと思って」

(おっ、お、およ、お嫁さんだなんて!)
 若葉は恥ずかしくて、カウンターから死角になるクッキングヒーターを拭きつつ隠れた。 穴があったら入りたいという状態はまさにこのことだ。先生、酔っているなとちらり睨む。
 リョウにとっては、そんな若葉も可愛くてついつい酒が進む。
「先生、お酒美味しい?」
「何? お前も飲みたいの?」
「ううん、そうじゃない。聞いただけ」
 若葉は、ただ酒を飲みたいから聞いたわけではない。たとえば自分がもっと大人で、 彼の隣に座って、一緒にお酒を飲めたら楽しいかもなと思った。ただそれだけ。 それだけなのに目の前にいるリョウがとても遠い存在に思えた。

「片付け終わる?」
「うん、もう終わる」

 リョウは席を立ち、カウンターをぐるっと回り若葉のいるキッチンへ入った。
 ドキン――。鼓動がリョウに聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、緊張する。 リョウは新しいグラスを一つ用意し、自分が飲んでいたグラスと両方に氷を入れた。 そして若葉のグラスにはグレープフルーツのジュースを、リョウのグラスにはジンを入れ、 それぞれにジンジャーエールを注ぐ。仕上げにライムをふちに飾った。
 なんだ、ただ新しいのを作りに来ただけか……。若葉は胸を撫で下ろす。
 リョウはカウンターに戻り、自分の横にグラスを置いて「お前も飲みなよ」と誘う。


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2006-02-09
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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