10、音楽


「教師が生徒にお酒勧めていいの?」
 若葉はよく見ていなかったからわからなかったが、アルコールは入っていない。 リョウは何を入れたか説明し「飲ませるわけないだろ」と笑う。
 若葉は愛果から借りたエプロンを外し、リョウの隣のスツールに座った。
「ライムを絞ると美味しいよ」
 若葉はグラスにさしてあるライムを絞り、そのままグラスへ入れると氷のいい音が響く。 リョウが作ってくれた初めてのノンアルコールカクテルを口にした。
「……美味しい!」
「よかった」
 リョウは無邪気な若葉に対し、アルコールのせいか自分の生徒ということを一瞬忘れそうになった。 濃い目に作ったジンバックに少し後悔する。

「先生は、その、彼女とかいないの?」
 若葉はずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。 本当は愛果に聞いたほうが早いかもしれないが、彼女に勘ぐられるのも恥ずかしい。
「そういうのはいないよ」
 若葉からの質問に正直に答えるリョウ。
「そ、そうなんだー」
 へぇと若葉は嬉しさを抑える。彼女がいないからと言って、 自分に可能性が回ってくるわけではないけれど、恋人がいないことが分かっただけでもホッとしてしまった。


「そうそう。ここの家、面白いぞ」
 リョウはこの甘い雰囲気を壊すように、話題を振る。
 テレビを洋楽チャンネルに合わせ、キッチンとダイニング、 リビングの照明を消した代わりにダイニングの脇にあるカラフルな酒のボトルに照明が当たりキラキラと輝かせる。 そのついでにテレビの奥にある間接照明をつけると、 若葉が「こっちのがもっと綺麗じゃない?」と部屋のメインの照明を消してしまい、リョウはつけなければ良かったと後悔した。
 放射線状の光と影が部屋に広がり、照明効果でロマンチックな部屋になってしまった。


「なんで先生、人の家なのに慣れているの?」
「しょっちゅう遊びに来ているから」
 楽しそうでいいなぁ。その中に愛果もいるのだろうか。若葉はリョウに作ってもらったジュースを少しずつ飲む。
「お前が高校生じゃなかったら、いい感じの店とかいっぱい連れてってやるのにな」
 若葉も同じように心からそう思う。あと二、三年、産まれるのが早かったらよかったのに。
 しかしそれだとリョウとこうして巡り合う可能性もまた違ってくる。 偶然と偶然が重なり合い、人との出会いは運命と呼ばれるのだ。
 男と女も、先生と生徒も。


「どうした? しょんぼりして」
「ううん」
「あー、わかった。夏休み誰にもどこにも連れてってもらえなくて、いじけているんだ。子どもみたいだな」
「違います!」
 自分のことを所詮高校生なんだと気落ちしていたのに、子どもみたいだと言われて余計に傷ついた。

「夏休みどこに行きたかった?」
 リョウが若葉の顔を覗き込むように問う。
「特にどこっていうのはない……かな。ただ、思い出が欲しかったなぁ、なんてね。 それに私の夏は終わったって言ったでしょ? だからもういいの。考えれば考えるほど悲しくなるから」
 必死に作る笑顔は気付かれてしまいそうで、手でさりげなく隠しながら答えた。
「お前も来年は受験生だもんな。今のうちだけだぞ。のんびりできるのは」
「うん……」
 受験と言う言葉を聞き、より一層現実世界へ戻されてしまう。

 するとテレビから、洋楽ヒットチャート一位の曲が流れた。
「あ、俺この曲のプロモーションビデオ見たかったんだよね」
 椎名たちが寝ているのでボリュームをしぼっていたが、ほんの少しだけ音量を上げる。
 サビの部分で若葉も最近ラジオでよく聴く曲だとわかった。
「この曲かっこいいよね」
「お前も知っていた?」
「うん。結構好き」
「そうなんだ」
 リョウは車の中で、若葉は勉強中にFMを聴いていて、 よく聴くDJの名前を挙げると共通の話題に花が咲く。 お互い不思議な気持ちだった。別々の場所で同じ音楽を共有していたなんて。

 曲が終わると同時に、雷がものすごい音を立て、若葉は思わずリョウに抱きついてしまった。 遠くで鳴っていた雷はいつの間にか近くまで来ていたようだ。
 窓の外で眩しい光を放った直後、大きな音が響く。
「きゃっ」
 若葉がこの世の中で一番怖いものは雷だった。
「近くに落ちたかもな。……どうした?」
 怖くてリョウに抱きついたまま、離れられなかった。


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2006-02-09
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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