08、虚偽


 椎名の住むマンションに到着し、リョウがエントランスのインターフォンを押すと、自動ドアが開いてマンション内に進む。
「豪華なマンションだね」
 ふと口にした若葉にリョウが、椎名の親がマンションのオーナーをやっていることを説明する。 ちなみにリョウももう一つ別でオーナーをしているマンションに特別価格で住まわせてもらっている。
 そんな話を聞くとどんな感じの部屋に住んでるんだろうと見たくなった。

 そしてリョウに続き、若葉が椎名の部屋へ入る。
「お邪魔しまーす。うわー、めっちゃ広いし、かっこいい」
 若葉ははしゃぎながら「ここは?」と一部屋ずつ聞くと、 LDKの他に寝室、書斎、予備の部屋があった。想像以上に広い部屋に若葉の質問は続く。
「先生のマンションもこれくらい?」
「ここの方が一室多いな。それにうちはリビングももっと狭いし」
 若葉の質問攻めにリョウは素直に答えた。
「ふーん」
 一人で住んでるんだよね。誰かと一緒じゃないよね。聞きたいけど、それは聞けない。


 若葉はキッチンに立つ愛果の隣に寄り添う。まるで若奥様のようだと見つめた。
「何? 若葉、リョウ先生と楽しく話しちゃって」
 愛果が小声でおちょくる。
「気のせいだって!」
 若葉はたしかに楽しんでいる。でも愛果に嘘をついた。まだ自分の気持ちを誰にも言いたくなかった。
「あ、お土産があるんだ。メープルシロップ」
 ここの主でもある椎名に「どうぞ」と渡した。
「何? 若葉ちゃんは豪勢にカナダに行ったの?」
「……行ってません。両親が行ったの。私はお留守番です」
 思い出すだけでも落ち込む。

「愛果たちはどこか行ったの?」
「私達はね、箱根に行ったの」
 弾むような声に、聞かなければよかったかもと、若葉をさらに落ち込ませる。
「よかったね」
「でも日帰りだったから全然ゆっくりできなくて弾丸って感じだよ」
 愛果は「ねー」と同意を求めつつ椎名に微笑む。
「わ、若葉ちゃんにも、お土産あるから。そんな沈んだ顔しないで」
 椎名は若葉の沈んだ表情を見て必死に励まし、袋を渡した。
「ありがとう……」

「若葉はどこか行った?」
 愛果がそう尋ねるが、別に彼女に悪気があって聞いているわけではないことを若葉は理解している。
「ずーっと家にいたけど何か?」
「ご、ごめん。でも、夏休みはまだ二週間あるよ。まだ間に合うって」
「いいの。私の夏は楽しいこと一つもなく終わったわ……。絵日記の宿題がなかっただけでもありがたく思うよ」
 若葉の暗闇に包まれたような低い声に、他の三人が思いっきり引いたのがわかった。
「そんなこと言わないで。なんでも協力してあげるよ。だから私には隠さずなんでも言ってよ」
 愛果は若葉の気持ちを知っているかのように、そう諭した。

「さあ、若葉も手伝ってくれる?」
 愛果がこの暗い雰囲気をかき消すように若葉に頼む。若葉は返事をしながら流しで手を洗った。
「これみじん切りにして」
 冷蔵庫からネギを取り出し若葉が受け取る。
「何つくるの?」
「肉団子スープ」
「いいねー」
 外は暑いけれど、室内はエアコンで涼しい。冷たい物ばかりでは身体にもよくない。
 若葉はネギに軽く切れ込みを入れて、トントントントンとリズミカルに刻んでいった。
 その音に男二人が反応し、カウンター越しにのぞく。
「お前、料理できるの?」
 驚いた顔でリョウが尋ねる。
「まあね」
 若葉は中学生の時から母親に言われていたことがある。
「いつか好きな男の人に料理を作って、うまいと言いながらその人のガツガツ食べている姿を見なさい。 最高に喜びを味わえるから。そしてね、その男はコロッといくの。だから若葉も今のうちに料理をマスターしなさい!」
 きっと母もそうやって父のハートを掴んだんだなと思いながらも言う通りにしていたら、見事に“料理上手な女の子”になった。
 結局それから愛果の罠にはまり、彼女はソファで椎名たちとDVD鑑賞をして、若葉がほとんどの料理を作った。
 蟹だけはリョウが慣れた手つきで食べやすいように関節をカットした。


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2006-02-09
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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