07、招待


 夏休みも半分以上が過ぎ、大量の課題を済ませた若葉はほぼ毎日アルバイトへ行った。
 お盆休み、両親と寮生活をしている弟はカナダへ行ってしまい、若葉は家で留守番だった。
 実はこの旅行、三月の始め頃に予定を立てたのだが、 その時はあの先輩と付き合っており、彼氏と過ごすことしか考えていなかった若葉は家族旅行を断ったのだ。
 やっぱり行きたいと言い出した時はすでに遅く、飛行機の空席がなくて行くことができなかった。
 「楽しかった」と帰ってきた家族は若葉にいくつもの土産を渡す。その中には憧れのブランドのピアスがあった。
 せっかくの可愛いお土産だけど誰とも約束の予定がない若葉は再び落ち込んだ。

「あー、つまらない」
 ベッドでゴロゴロしながら携帯電話でゲームをしていると着信音が響いた。 画面表示に愛果の名前が出て、すぐさま通話ボタンを押す。
「もしもし」
「若葉?」
 相変わらず楽しそうな声。彼氏のいる子はいいよね……。ここまで暇だと親友まで羨むようになってしまう。
「どうしたの?」
「若葉、今日の夜あいている?」
「うん、何の用事もないよ」
「じゃあさ、蟹パーティーしようよ」
「蟹?」
「椎名先生がね、大きなタラバガニがあるから夜ご飯食べにおいでだって。 それで、たぶん……と言うか絶対お酒飲んで送っていけないから、若葉も泊まっていいよって」
「えー? いいの? 邪魔じゃない?」
「全然!」
 先程までの落ち込みから、突然の蟹パーティーの招待に、若葉のテンションは上がりっぱなしだ。
「じゃあ、行く」
「じゃ、五時に東駅まで来てよ。迎えに行くから」
「うん」
「じゃあね」



「カーニー! カーニー!」
 若葉の一番好きな食べ物は蟹だ。年に一、二回しか食べられない上、冬だけの物だと思っていたのに。
階段を勢いよく駆け下り、リビングにいた母に声を掛ける。
「お母さん。今日、愛果の家に泊まるから」
「そう。だったらメープルシロップを持って行くといいわ」
「うん」
 若葉の母は、愛果と椎名が付き合っていることは知っているけれど、さすがに椎名の家に泊まるとは言えなかった。

 再び二階へ上がり、クローゼットから大きめのバッグを出して、お泊りセットと着替えを浮き浮き顔で詰めた。
「服はどうしようかな……」
 せっかくだから、お土産のピアスを着けたいので服装はシンプルに。

「お母さん、どう?」
 嬉しくて母親の前でくるりと一回転する。
「いいねー。若葉にも服にも合っているよ」
「ホント!?」
 元気のない若葉からいつもの娘に戻った様子を見て安心した母親は、目を細めながら「気を付けてね」と玄関で見送った。


 愛果に指定された駅に着いてメールを送ると、 「もうすぐ着くと思うよ」と返事が帰ってきた。ロータリーで待っていると、 見覚えのある白い車が若葉の目の前に止まった。リョウの車だ。
 助手席の窓が下り「早く乗って」と催促する。

「あの、椎名先生が迎えに来ると思っていたんですけど」
「俺が来ちゃ悪い? 俺が蟹持ってきたんだけど、そんなこと言うならお前の分なしね」
 リョウが意地悪に言う。
「えーそんな……。先生どこかに行ったの?」
「実家に帰っていたんだよ。俺の実家北海道でさ、それで土産の蟹」
「そうなんだ。いいな北海道。行きたいなぁ。私蟹大好きなんだ」
「じゃあ、修学旅行の北海道楽しみだな」
「あ、そっか。今年の修学旅行、北海道で決定だったんだっけ」
 若葉は九月の修学旅行のことをすっかり忘れていた。


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2006-02-09
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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