02、変化 いつもより一時間前に登校した学校は静かだ。 教室に鞄を置いて、屋上へと続く階段に愛果と二人で並んで座る。 彼女とは一年生から同じクラスで、今では一番の親友である。 「若葉、目腫れているよ。大丈夫?」 愛果は心配そうに若葉の顔を見つめる。 「でしょ? 最悪。まぁ、振られるのも時間の問題だったんだけどね」 一晩泣いたら、先輩のことはすっかり吹っ切れていた。 失恋はもっと落ち込むもので、食欲がなくなるほどだと思っていた。 愛果は学校の教師、椎名竜也(しいな たつや)と付き合っている。 残念ながら椎名は現在一年生の担任で、若葉たち二年生のクラスとの接点はない。 一年の時、椎名は数学の教科担任で、愛果はずっと彼のことを好きだった。 そして一年生のクリスマスイブの日、なんと教師である椎名の方から告白され付き合うことになった。 「若葉、ここはパーっとお買い物でも行こうよ。今日バイト代出るし、明日デパートでも行ってさ。 そろそろ新しい夏物、ほしくない?」 愛果は一生懸命になって若葉に前を向いてもらおうと誘う。 若葉も愛果の気持ちが嬉しくて、それに応えようと「うん。行く行く」と元気よく返事をした。 若葉と愛果はアルバイトも一緒で、週に二回ほどテレフォンオペレーターをやっている。 時々電話相手に叱られることもあり精神的に参ることもあるが、 きちんとした話し方が身に着くし、何よりファミレスやコンビニのようにシフトがないので好きな時に休める。 それに時給が良いというところも魅力だった。 * * * 愛果のおかげですっかり気分は晴れ、翌日の学校帰りに街へ繰り出した。 愛果は年上と付き合っているということと、小柄なので 子どもっぽく見えないようにと服装にはいつも気を付けている。 若葉も愛果ほどではないが、他の女子高生たちが着ているような格好が 大人びた顔立ちに似合わないと自分自身も解っているので、 デパートに入っている大学生や若い社会人向けのショップが好みなのだ。 季節は夏に向かい、明るい色が並んでいる。冬物は高くて高校生身分ではなかなか買えないけれど、 夏は少しだけ安いので、アルバイト代がたくさん入った時だけ自分の小遣いで買っている。 二人は買い物を終えて、エレベーターで一気に一階まで降りようと乗り込む。 ふとフロア案内を見上げると八階の“家庭用品”という文字が目に入った。 (そう言えばタオルどうしよう……) 何となく愛果には言いにくくて、リョウとのことは一切話していない。 一階に到着して建物から出ようとした瞬間、勝手に口が開いていた。 「愛果、ごめん。私買いたいものがあるんだった」 「え、そうなの? どうしよう……今から“カレ”と会う約束していて……」 「一人で行けるから気にしないで。じゃ、“カレ”によろしく」 “先生”という言葉を公の場で口にすることはできないので、二人の間だけに通用する“カレ”はいつものことだった。 「ごめんね。バイバーイ」 愛果は携帯を手にしながら反対の手を振り、太陽の代わりにきらびやかな光に包まれた街へと消えていった。 そして若葉はもう一度エレベーターに乗り、八階のボタンを押した。目的のフロアに到着し、タオル売り場へ直行した。 どれにしようか見渡すとリョウが渡してくれたタオルと同じブランドの店を見つけた。 店先に並べられている新作の柄物も可愛い。迷いながら店内を一回りしてみると同じタオルが目に入った。 真っ白で小さくワンポイントが入ったデザインだ。 同じ物にしよう。これならハズレはないもんね、とそのタオルを手に取って店員に渡す。 「ご自宅用ですか?」 「自宅用ではないんですけど……」 「では贈り物でよろしいでしょうか?」 贈り物って感じでもないし、でもそのままじゃなんだし……。若葉はどうしたらいいのか迷い、 せっかくだからと頼むことにした。手際よく包装され、 プレゼントと化したタオルを紙の手提げに入れてもらい、家に帰った。 自室へ入ると、母親が洗濯をして畳んでくれた服の中にリョウのタオルがあった。部屋着に着替え、 その白いタオルを手にした。あの日渡してくれた時も真っ白で清潔感があり、涙と鼻水を拭くとき、 洗剤のいい匂いがした。ちゃんと洗濯しているんだなと思ったと同時に、そういう事をしてくれる人がいるのかなとも思った。 「若葉。ご飯よ」 一階から母親の声がし、「はーい」と部屋を出て階段を下りる。 毎日なんとなく学校に行って、なんとなく授業を受ける。それを当たり前のように過ごしていた。 そんな日々が若葉の中で少しずつ変化していく。 ←back next→ 「cherish」目次へ戻る ・・・・・・・・・・ 2006-02-08 2012-07-05 大幅修正 2013-09-20 改稿 |