9 最低だ 〜敦士side


「お前のこと、どうでもいいや」

自分の言い放った言葉を頭の中で何度も繰り返す。
あーもー。なんであんなこと言ってしまったんだろう。

終業式の日の朝、ほのかが頼まれたと言う、美咲って子に断りを入れた。
本当はその日、ほのかに自分の気持ちを云おうと思っていたのに…。

「俺はマジ最低だ」

――「ホント最低だな」
後ろからの声で振り返ると、そこには西田がいた。



15分ほど前。
家の電話がなった。
ほのかが出ないので仕方なく出ると、西田だった。
初めはほのかに用があると思った。
しかし、電話をかけてきたのは俺を呼び出すためだった。


「何だよ。人を呼び出して“最低”って」
「つーか、自分で言ったんじゃん」

たしかにそうだけど、西田に言われる筋合いはない。

「ちょっとお前に渡してもらいたいものがあってさ」
そう言って、西田は2枚の紙をヒラヒラさせた。
「何?」
「明日、水野さんの誕生日なんだよ。それでこれ渡してほしいんだけど」

誕生日…? あいつ明日誕生日なんだ…。
全く知らなかった。
受け取った紙を見ると遊園地のチケットだった。
なんだ、そうゆうことか。

即行でチケットを突っ返してやった。
「お前が直接渡して誘えよ」
ったく、どいつもこいつも…。
帰ろうと立ち上がると

「俺が誘っちゃっていいの? 俺は、お前と水野さんのためにあげようと思ったんだけどなぁ」

なんなんだこいつは。

「これ、チサちゃんとマコちゃんにもあげたんだけど
 水野さん明日行けないって言ったらしいんだ」

ほのかのやつ、爺さんにまた反対されたのか…?

「だから、行ける日にお前が一緒に行ってあげてほしいと思ったんだよ」
イライラしている自分とは正反対に、西田は落ち着いた口調で言う。

「お前さ、何でそんなこと俺に言うわけ? だいたい、ほのかのことどう思ってんの?」
「え?」
「お前ら仲良かったんじゃん」
「…まあな。確かにいいなとは思ってた」

好き同士だったってワケか。

「だったらどうしてあん時、クラスの連中にからかわれてる時、無視してたんだよ」
「彼女、お前が転校してきて、俺の目の前でお前のことばかり見るんだよ。
 お前も水野さんのことばかり見てるしさ。
 しかも一緒に暮らしてるとまでいくと諦めるしかないっしょ。
 俺、人の邪魔するほど性格悪くないし」
「……自分で言うな」

そう流したけど、西田は案外悪いやつじゃないと思った。
自分で言うのはどうかと思うが。


「西田ー。俺さ、自分から好きになった子とは付き合ったことがないんだ。
 ガキの頃から好きな子にはいつも傷つけてしまって、それでその女の子は俺の前から離れていく。
 けど、ほのかは離れていかなかった。いつも俺に優しかった。
 普段家ん中じゃ笑わないくせに、俺の前で時々ニコーってするんだよ。
 そういうの見ると、こう胸がギューって締め付けられてさ。
 こんな風になるのは初めてなんだ」
「…それ、俺に言うんじゃなく、水野さんに言ってあげなよ」

西田にそう言われ、自然と自分のことを話し出してしまったことに気づいた。

「ああ、そうだな」

不思議だった。
素直に西田が言った言葉を受け止められることが。

「じゃあ、俺、帰るわ」
「ありがとな」

西田は背を向けたまま、俺に手を振った。
そしてその足で、ほのかへの誕生日プレゼントを買いに行き、心に決めた。

今度は自分がほのかに笑いかけてあげよう。
それから昇級試験に合格したら、と言うか絶対するつもりなんだけど
合格したら自分の気持ちを伝えよう。


 *


翌日。
ほのかの誕生日だというのに、この家にはまったくそういう雰囲気もなくて
当の本人も、自分の誕生日だということに忘れてるのか
「今日は私の誕生日なのに」と思ってるのか
わからないほど、いつもと…いや、それ以上に稽古はハードだった。


そして夕方になり、風呂上りに麦茶を飲もうと冷蔵庫を開けると中に四角い箱が見えた。
なんだろう?と覗くとケーキだった。
用意してたんだ…。

そのケーキは、カレーとサラダが並んだテーブルの真ん中に置かれた。

誕生日らしい和やかな雰囲気もないまま、爺さんが話し出した。
「ほのか、もう空手はやらなくていい」

は?
突然のことで、思わず手にしていたスプーンを落としそうになった。
ほのかも唖然としていた。

「お前のお母さんは高校2年生でやめたんだ。
 だからお前ももうやらなくて良い。
 これからは自分のことは自分で責任を持って好きなことをすればいい」
「おじいちゃん…?」

「それとこれも…」
そう言ってほのかが受け取ったのは携帯電話だった。

「ケータイ…」
「使いすぎるようだったら、即、取り上げるからな」
「はい。…ありがとう。でも空手は…」

ほのかが何か言おうとしたけど「いいから、食べなさい」と話を止められ
あいかわらず静かな食事の時間を過ごした。

それから ほのかはすぐ部屋へ戻ってしまい
なんとなく、彼女の部屋をノックすることができなくて
結局、プレゼントを渡すタイミングを逃してしまった。


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2006-07-21



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