8 すれ違い


夏休みに入り、いつも以上に二人一緒にいるような気がして
(学校では同じ教室にいても全く別行動だし)
嬉しい反面、どう接していいのかわからなかった。

だって突然キスをされてから、あっちゃんはあれから何も言ってこない。
私は彼の顔がますます見れなくなってしまった。


あれは、その場の雰囲気?
流れ?
からかいたかっただけ?
それとも……。

鏡を見ながら指で唇に触れてみる。
キスされた時、私どんな顔してたのかなぁ。
いきなりだったから、とんでもなくブサイクだったのかも…。
それで幻滅しちゃった、とか?
どうしてこんなにも、もどかしい気持ちになるんだろう。
キスってもっと幸せに思うものなんじゃないの?


夕方、おじいちゃんに頼まれて買い物に出ると
その途中で同じクラスの男子二人に会った。

「あれ? ほのかじゃん」

うちは学校から結構遠かったから、こんな場所で同じ学校のしかも同じクラスの子に会うとは思わなかった。

「こんな所でどうしたの?」
「前にナンパした女の子たちがこっちの方に住んでてさー、今日は今から遊ぶ約束なんだよ」
「ふーん」

この二人は学年でも結構有名だ。
かっこよくて、女の子みんなと仲良くて、そして“遊んでる”と。

「それより、お前、藤井とはどうなったんだよ? 一つ屋根の下、やりまくってんのか?」
「は?」
「は?じゃねーよなぁ。こんな身近で、こんなお手軽チャンスないじゃん」

まったく、どうしようもない二人だ。
「言っとくけど、二人だけで住んでるわけじゃないんだよ」
呆れてそれ以上何も言えない。

「まー、そうだけど」
「でもちょっとぐらい手ェ出されてんじゃねーの?」

え…。
一瞬動揺してしまったけど、こんな二人にバレたらおしまいだ。

「そんなことあるワケないでしょ! 私用事あるから!」

さっさと彼らとは別れようと思った。

「おい!」
「待て。これ以上何か言ったら回し蹴りされるぞ」

後ろのほうで二人のやりとりが聞こえたけど無視した。


スーパーに入って、メモを見ながら買い物かごに食品を入れて歩いていると
「はい、追加」
と背後から声がした。
振り向くと、あっちゃんだった…。

「お前、携帯持ってないから、すげー不便なんだけど」
そう言って私にメモを渡した。

携帯持ってないって言われたって、
おじいちゃんが「あんなもの必要ない」って許してくれないんだからしょうがないでしょ。
と言い返したいのに、ノドまで出てそこで止まってしまう。

いつの間にか買い物かごは あっちゃんが持っていてくれて、私は手に取ったものを入れていった。
そしてレジ袋も重たいものを全部持ってくれて、私の手には軽い袋が一つだけ。


「そういえば、さっきうちのクラスのヤツ見たぞ」
「うそっ。なっ何か言われた?」

さっきと同じことを あっちゃんに聞いてないかと思って、咄嗟に聞いてしまった。

「いや、見かけただけだから。向こうはこっちに気づいてなかったぽいし」
「そう」

よかった。
ホッとしたところで、さっき言われた言葉を思い出した。
『こんな身近で、こんなお手軽チャンスないじゃん』
もしかしたら、私はお手軽なのかもしれない。
そう思ったら言わずにはいられなかった。

「あのさ、この間の…キスのことだけど、気にしないでね。
 私も全っ然気にしてないから。あんなことたいしたことないもんね」

私が言った言葉にどういう反応をしたのか判らない。
だって、私はあっちゃんの顔が見れないのだから。
だから何か言って。
あの時のキスの意味を教えてよ。

でもあっちゃんは言ってくれなかった。

「たいしたことないんだ」
まるでその後に“だったら良かった”って続くかのように聞こえた。
ああ…やっぱ言わなきゃよかった。
心の底から後悔した。

バカな私は、ちゃんとした言葉をもらえる聞き方を知らなかったのだ。



その日の夜。
お風呂から出た私は、あっちゃんに空いたことを言おうと部屋をノックすると部屋から返事がなかった。
そっとドアを開けると部屋は真っ暗だった。

どこ行っちゃったんだろう。

階段を下りると玄関にある電話がなった。

「はい、水野です」
『あっ、ほのか?』
電話をかけてきたのはマコだった。
「どうしたの?」
『あのね、明後日ほのかの誕生日でしょ? その日あいてる?』
「うん。あいてるよ」
『よかった! みんなでお祝いに遊園地行こうって言ってるんだけど、どうかな?』
「んー…聞いてみないと…」

“行きたい!”って即答できないことが相変わらずつらい。
あの、おじいちゃんが許してくれるか…。

『返事は今じゃなくていいよ。また明日わかったら教えて』
「うん」

それから夏休みの課題の話をして、あっちゃんとあれからどうなったのか聞かれた。
本当はキスのこと相談したかったけど聞けなかった。
だから「何にもないよ」と答えておいた。
こんな場所で話してたら、おじいちゃんか あっちゃんに聞かれるかもしれない。

ふと道場の方に目をやると、明かりが点いていることに気づいた。

『ほのか?』
無言状態の私にマコが名前を呼んだ。
「あ…ごめんね。明日また電話するよ」
『うん、わかった。じゃーね』
「じゃーね」

電話を切って廊下を進み道場の扉を開けると、そこに一人で稽古しているあっちゃんがいた。

あまりにも格好良くてしばらく見とれてしまった。
うちに来た日、小学生以来だと言った姿から、さらに上達していた。
そういえば、もうすぐ昇格試験だ。
そのために一人で稽古してるの…?

「何、覗いてんだよ」

汗を拭きながら、こっちに向かってきた。
「ごめん…。お風呂、空いたよ。それじゃ」

クルっと背を向け、廊下を走った。
私はまたあっちゃんから逃げたのだ。

やっぱり遊園地には行けない。
あんなに一生懸命、稽古頑張ってるのに、私だけ遊園地に行きたいなんて言えない。

だから翌日、マコに電話をして断った。
本当に申し訳なかった。
わざわざ私の誕生日にって設定してくれたのに…。

その日はおじいちゃんが町内会の用事があるということで
家に二人きりですごく気まずかった。
とりあえず私が昼食を作った。
と言っても、冷麦を茹でただけだけど。

二人とも無言のまま、氷を浮かべた器から冷麦をすくいズルズルと食べた。
片付けは、あっちゃんがやると言って聞かないから
私が洗ったのを拭いてもらうことにした。

そして、グラスを渡そうとした時。
あっちゃんの手が触れて、ドキッとした私はグラスを床に落としてしまった。
パリーンと音を立てて、見事にグラスは割れた。

「ごめんね」

急いで破片を拾おうとすると、
「危ないから俺がやるよ」と言ってくれた。
残りは私が掃除機で吸った。
なんとか残りの洗い物を終えると、

「何で俺のこと避けるんだよ?
 あの日の事どうでもいいと思ってるなら、別にいいよ。
 俺もお前のこと、どうでもいいや」

あっちゃんはそう言って階段を上がり、部屋のドアをバタンと閉めた。

声をかける間もなかった。

どうでもいいなんて思ってるワケないでしょ。
だから、どうでもいいやなんて言わないでよ。

一気にポロポロと涙がこぼれてきた。
そして泣きながら気づいた。

答えを求めるんじゃなくて、自分の気持ちを素直に伝えればいいんだ。
それに謝らなくっちゃ。

ゆっくり階段を上り、あっちゃんの部屋の前に立つ。

けれど勇気のない私はその扉をノックすることなく、自分の部屋に戻った。

やっぱり私はこういうのダメだ…。
普段でも、思ってることを人に言えない私が告白なんてできっこない。

ベッドに横になって、あっちゃんのことを考えていたら
いつの間にか眠ってしまった。

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2006-07-01



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