1 秘密


誰にも言えない秘密がある――。

水野ほのか。
名前だけ可愛い、高校2年生。



「ほのか、今日、帰りにみんなでカラオケ行くんだけど、行ける?」
「あ…。ごめんね…」
「そっか…」

カラオケか。
もう随分行ってないな。
本当は行きたい。
みんなとカラオケ行ったり、お買い物行ったりしたい。
けれど、私にはどうしても行けない理由がある。
それは誰にも言えない。言いたくない。



「やばっ! 間に合うかな」

今日は週番最終日で職員室に2往復しないといけないはめになり、帰りが少し遅くなってしまった。

猛ダッシュで駅に向かう。
階段を駆け下りると、電車は目の前で走り出してしまった。

次の電車まで15分。
その間にトイレに寄り、薄くつけてるメイクを洗い落とした。
短くしてあるスカートも下ろし、長くする。

こんなことしないといけないのは、私が学校帰りに遊びに行けない理由にもつながる。


いつもより2本遅い電車に乗り、家路へと向かった。

最寄の駅から家まで徒歩10分。
歩いていたら間に合わない。
再び猛ダッシュ。

「ただいまー!」
家の階段をダダダダと上り、制服を脱ぎ捨て“コレ”に着替える。
そして“いつもの場所”に急いで向かった。


 *


「遅い! 2分の遅刻だ」
「ごめんなさい」

週番で遅くなっちゃって…。
なんて言い訳は“この人”には通用しない。

「町内3周!」
「はーい…」

あーあー。
胸の中で大きくため息をつく。

「返事は短くハッキリと」
「はい!」

靴を履き、玄関を出た。

“町内”とは、いつからか決められているコースのこと。
1周あたり1キロ。
だから今日は3キロ走ることになる。
今日はまだマシだ。
時には5キロ以上走らされる時もあるから。

そして「町内3周!」と偉そうに言ったのは私の祖父である。
祖父でもあり、空手の先生。

そう。私がみんなに言えない秘密は空手をやっていること。
しかも黒帯だったりする。
よって、今着ているものは空手着。
家に帰って着替えてすぐ向かうのは道場。




私は一応、学校では“自称・清楚で可憐な、ほのかチャン”で通している。

小・中学の頃はそれはもう悲惨だった。
「水野空手道場の娘」と言う肩書きのせいで学校中の男の子からからかわれるし
片思いの男の子には怖がられるし…。

だから高校だけは同じ中学から誰も行かない、
私の実家が空手道場だってことを誰も知らない遠くの学校を選んだ。
恋をするために。

初めは「何故そんな遠くの高校に」と反対されたけど、
系列の大学にどうしても行きたいと説得をし、なんとか許しをもらえた。


けれど
友達と学校帰りに遊べないのは空手のせい。
家に着く前にスカートとメイクを落とさないといけないのは、あの厳しいおじいちゃんのせい。
好きな男の子に告白できないのは――誰のせいだ…?
自分か。

でも最近1日に2回は話しかけてもらえるんだよね。
もちろん挨拶以外で。


そんなことを考えながら、やっと3周走り終えた。
お水を飲んで、ゆっくり休む間もなく稽古に入る。

1時間の稽古をし、私が帰ってくる前におじいちゃんが用意してくれた夕食を二人で食べる。
これが私の日常だ。


私には両親がいない。
2歳の時、交通事故で亡くなった、らしい。
幼すぎて両親の記憶は全くない。
ただ、何となく面影のある小さな自分がお父さんとお母さんと思われる人と一緒に写ってる写真が
私にも親がいたんだということを証拠に表す。



静かな夕食時。
おじいちゃんが口を開いた。

「ほのか、日曜日から下宿人が来ることになった」
「下宿人?」
「詳しいことは、本人が来たら話す」
「はい」

下宿人なんて初めてだ。
たしかにうちは二人で住むには大きすぎるけど。

下宿人…。
どんな人が来るんだろう。

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2006-05-20



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