2 下宿人


そして下宿する人が来る日曜日がやってきた。

玄関先でおじいちゃんの横に立つ私。
向かいに立つ下宿人。

「藤井敦士(ふじい あつし)です。今日からお世話になります」

その下宿人は深々と丁寧にお辞儀をした。

上げた顔をじっくり見つめる。

ふーん。結構かっこいいじゃん。
でもいくつなんだろう…。
私と同じくらい…?

「彼は、明日からほのかと同じ学校に通うことになった。ちなみに二人は同級生だ」

はぁ!?
同じ学校!?
同級生!?

思わず、後ずさりしそうになってしまった。

ちょっと待って。
これって非常事態かも。
だって、私が空手やってることは皆に秘密なんだもん。
まずいよ。
かなりまずい。

あたふたしてる私に全く気づかない おじいちゃんは、彼のために用意した部屋へと案内した。

2階の空いている洋室が彼の部屋となる。
ちなみに私の部屋の隣……。

二人に続いて階段を上がった。


「片付けが終わったら降りてくるように。少し早いけど昼にするぞ」
おじいちゃんは、さっさと階段を下りていった。
「はい」
彼は返事をし、後姿のおじいちゃんに頭を下げた。

そうだ!

「あのー…敦士くん…。あのね、これから同級生って言うことで
 言っておかないといけないことがあるの…」
「何?」

冷たい声で私に返した。
ん?
何かさっきと態度が違うんですけど…。
気のせいかな。

「私ね、学校のみんなには空手やってること秘密なの。
 だから明日みんなに何か聞かれても私と一緒に住むこととか
 うちが空手道場だってことも内緒にしててくれるかなぁ」

ちょっと可愛らしく彼に言ってみた。

「さぁ? 俺が言うか言わないかは、お前次第だろうね」

私の方に一度も目を向けないまま、大きなバッグから服を次々と出しボソッと呟いた。

「はぁ?」
むかつく。
何なの、あの態度。
初対面で人のこと“お前”って…。
おじいちゃんの前ではいい子ぶって、実は腹黒なんだ!
男のくせに最低!


私はおじいちゃんの元へ急いだ。

「おじいちゃん!」

――あいつ、気をつけたほうがいいよ!
と言おうとした瞬間。

「手伝います」
後ろから、ヤツの声がした。

く〜っ。
また機会を狙って言いつけてやる。


昼食を取りながら、おじいちゃんは下宿人の説明をした。


なんでも彼のお父さんが、昔おじいちゃんの生徒だったらしい。
仕事の関係で名古屋に転勤になってしまい道場を辞めてしまった。
それから数年後、結婚をし彼が生まれた。
そして再び仕事の関係で今度はジュネーブに転勤となった。
彼が小さい子供だったら連れて行ったけれど来年は受験だし、
日本の大学の方がいいだろうということで日本に残ったそう。
私が通う高校に編入したのも系列の章栄館大学に行くため。

だからって、うちに来ることないのに。
しかも私と同じ学校にしなくてもいいじゃん。

心の中でブツブツぼやいた。



昼食後は稽古。
1年くらい前までは、おじいちゃんは毎日のように生徒をつけていたけれど
最近では週に2回しか教室を開いていない。
だからその分、私の稽古に回ってくるのだ。


部屋で空手着に着替えて、道場に入った。
今日から稽古は私一人じゃない。
下宿人・敦士も。

いつも一人だったせいか仲間ができたみたいに正直言うと嬉しかった。

ふと空手着姿の彼に目をやると。
高めの身長にスッとした姿勢でよく似合っていた。
けど。
一つ重要な箇所が。
それがもう、私にしてみたら可笑しくて笑ってしまった。

「茶帯じゃん!」

茶帯は黒帯の私より下の階級だ。
帯を見て笑ってる私に

「うるせー。小学校以来なんだから、しょうがねーだろ。
 心配すんな。すぐ試験受けて、黒帯になるし」

目をそらして恥ずかしそう襟元を直してる彼がちょっと可愛かった。

「これから茶帯あっちゃんって呼ぼ」
そう言った私に
「学校でも呼べるなら呼べよ。お前の秘密バラしてもいいんだけど?」
スパッと斬られてしまった…。

「……」
何も言い返せなかった。

「始めるぞ」
おじいちゃんが道場に入ってきて、そこで私たちのやり取りは終わった。

茶帯あっちゃんの腕前は小学校以来という割には結構いけてた。カッコよかった。
本人には悔しくて言えないけど。

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2006-05-22



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