毎朝同じ時間のこのバスに乗り、学校まで通っている。 そして四月から毎日乗車口すぐの場所に立っているサラリーマンの男の人に一目ぼれをした。 バスという乗り物は、電車と違って一つの空間しかなく、毎朝同じ顔ぶれになることが多い。だから毎日彼と会えるのだ。私はいつも彼の隣に立っていた。 そんなある日、ボーっとしていると信号で止まる時によろけてしまった。その時「危ない」と片思いのサラリーマンに腕をつかまれ、助けてもらった。 「ありがとうございます」 「転ぶ前に間に合ってよかった」 そう言って彼は優しく微笑んだ。 * 「ヒカリ〜、おーい。朝から変だよ」 友達に声をかけられた。 「うん……」 「どうしちゃったの?」 私は友達に今朝のことを話した。 「へー。ただの一目ぼれが恋に変わったんだ」 友達はちょっと驚いていた。そんな出会いもあるんだねって。 「うん。でもサラリーマンっぽいから、いきなりお友達になってくださいとも言えないし……。相手が同じ高校生だったらねぇ」 そんな悩みを抱えつつも、朝になれば彼に会うことになる。 いつものようにバスに乗り込むと「おはよう」彼が私に挨拶をしてくれた。 一瞬。私に、だよね……。ちょっと変な心配しつつも「おはようございます」と返事をした。 その日から毎朝、私たちは挨拶をかわすようになった。最初は緊張して、あまり目が合わせられなかったけど、だんだん笑顔付きで言えるようになった。 * そして季節はあっという間に巡り2月。私たち三年生は家庭学習期間になり、バスに乗ることがなくなってしまった。 家庭学習と言う名の休みを利用して、みんなでカラオケに行った。 「もうすぐ卒業だね」 一人の子の発言で、カラオケはそっちのけで、卒業式はみんな好きな人に告白しないの?という話題になった。私以外はみんなクラスの子、もしくは違うクラスの男の子に片思いをしていた。 「ヒカリは?どうするの?」 「え……?」 「私たちは皆、内部進学で好きな人とも一緒だけど、ヒカリは卒業したら短大で、バスの時間も変わるだろうし、そしたらもう会えなくなっちゃうんだよ」 「そうか……」 「じゃあさ、みんなで頑張って告っちゃおうよ。結果は良くても悪くても、卒業後またみんなで集まって告白したことをお祝いしよう!」 「賛成〜」 こうして私は、毎朝バスで会う、名前も知らない彼に告白をすることになってしまった。 けれど、私はみんなよりもハンディが大きすぎた。お互いの名前を知らないこともだけど、女子高生と社会人という関係。制服を着た女の子がスーツを着た男の人に声をかけたら、きっと周りがジロジロ見てくるだろう。それに何より彼に迷惑がかかってしまう。 云うか、云わないか。云えないか。 頭の中でその三つの言葉が巡る。 そこに“もう会えなくなっちゃうんだよ”友達に言われた言葉も加わる。 だめもとで頑張ろう。 そして色々悩んだ結果、卒業式前に手紙で告白をすることにした。 * 私はいつもの時間のバスに乗った。こんなに緊張してバスに乗るのは初めて。 「おはようございます」 同じ場所に立っている彼。 でも私を見て少し驚いた顔をした。なぜなら私は制服を着ていなかったから。彼に声をかけるために私服を着て行くことにした。 「あれ……制服は……?」 「今、自由登校なんです。もうすぐ卒業だから」 「だから最近見かけなかったのか」 初めてまともな会話をした。彼は想像通りの人で、優しい話し方をする人だった。 『章栄館大学前〜。章栄館大学前〜』 いつもはここで降りる。けれど今日は違う。彼と同じバス停で降り、そこで手紙を渡すという計画。 「あれ? 降りなくてよかったの?」 彼がそう声をかけてくれた。 「はい。今日は別の用事があるんです」 「そっか」 そしてバスは再び動き始める。 『東駅前〜。東駅前〜』 バスの運転手さんがそうアナウンスし、扉が開くと、彼は「じゃあ」と私に一言残し、出口に進んだ。私はすかさず彼の後を追った。もう心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしてた。バッグから手紙を取り出す時、手が震えてうまく探せなかった。 「あのっ!!」 私は思い切って彼の背中に声をかけた。 「え!?」 「朝の忙しい時にごめんなさい。これ読んでほしくて……。迷惑だったら捨てちゃってください」 震えてる手に持っていた手紙を、 「俺に手紙? ありがとう」 彼はそう言ってスッと受け取ってくれた。 私は「それでは失礼します」お辞儀をして、彼とは反対方向に走った。 はぁはぁはぁ……。 どうしよう。渡しちゃったよー。 * 毎朝会う ○○さんへ 突然、手紙なんて渡してしまってごめんなさい。 お互い名前も知らないのに、迷惑ですよね……。 でも、どうしても伝えたいことがあって手紙に書くことにしました。 私は今年高校を卒業します。 四月からは別の短大に通うので、あなたにはもう会えません。 だから最後に自分の気持ちを伝えたかったのです。 初めて会った時からあなたのことが好きでした。 毎朝、あなたの隣でバスに乗って学校に行くのが本当に楽しみでした。 一年間ありがとうございました。 お仕事頑張ってください。 * 卒業式の日。 その日の朝、彼はバスに乗ってなかった。彼が乗っていないことで、私は返事を聞かされたも同然だと思った。無視されてもいいから、バスに乗っていてほしかった。 教室に入り、みんなに報告した。 「そっか……。でもヒカリ、頑張ったよね」 「うん。そうだよ」 みんなが励ましてくれた。 「ありがとね。もう大丈夫だから。でもこれでみんな勇気が出たでしょ?」 私はそう言って笑った。 卒業式の最中、私は泣いた。それは卒業という寂しさよりも、彼に振られてしまった、失ってしまった恋の悲しみのほうが大きかったと思う。 卒業式が終わり、クラスの友達や部活の子達と写真を撮ったり、卒業を惜しんだ。この三年間で、たくさんの友達ができたし、こんな私を慕ってくれる後輩もできた。 それから、バスで彼と出会えた――。 「ねえ、見て。校門! いいな〜」 教室の窓際で騒いでる子たちに便乗して、私たちも窓の外を見る。 校門には卒業生の彼女を待つ、男の人が何人かいた。うちの学校は隣に大学があるから、大学生と付き合ってる子のお迎えなんだろう。 うらやましいな。 そう思った時。 バスの彼にそっくりな人を見つけた。スーツを着てなかったけど、たぶんきっとあの人は“彼”だ。 私は教室を飛び出し、校門に走った。 「あ……」 やっぱり彼だった。スーツじゃない彼は、いつもよりかなり若く見えた。 私に気づいた彼は「卒業おめでとう」と花束を私にくれた。 「ありがとうございます。でも、どうして? 今朝バスに乗ってなかったし……」 「今日はこの日のために有休取っちゃった」 「え……」 “この日のため”って……? 「手紙読んだよ」 「あ……ありがとうございます」 「名前も連絡先も書いてなかったし、返事ができるのは今日しかないから言うね」 「……はい」 緊張で胸が苦しかった。聞きたいような、聞きたくないような……。その時、彼と私の間にふわっと優しい風が吹いた。 「俺もキミのこと初めて会ったときから気になってた。まだお互いのこと知らないんだけど、知ってみないかな?」 「は、はい」 私は差し出してくれた手を迷うことなく握った。手をつなぎ歩きながら、お互い名前を言った。 ちょっと順番は変だけど、こういう始まり方もいいよね。 まだまだ寒い春の出来事――。 happy end... 2006-03-14・05-14 |