続編・永遠(とわ)に… 2


それは、あまりにも突然の出来事だった。

いつもと変わらない昼休みだと思っていた。
先輩の明日美さんと食堂でランチをしていると、その隣に大雅と西村さんが座った。
二人はお昼休みに社内にいる時は、こうやって私達とランチを取る。

もちろん私達の関係を知ってる二人の前でも、場所は社内ということで何も変わらない態度で接する。
それは付き合い始めた時に決めたことだ。
そのことで特に不満はなかった。

この日までは…。


「あれ? 結城くん?」

ふわっと優しい香りが通りすぎたかと思ったら、その人が振り返り大雅に声をかけた。

「――舞子?」
「久しぶり」
「お前、なんで本社に?」
「うん…。転勤でね…」

誰?
この人のこと“舞子”って名前で呼んだよね。
もしかして元カノ…?

綺麗だけど、可愛らしさのある女性。
ナチュラルに巻いてある髪。
上品で綺麗なラインのスーツ。
その姿が制服を着ている私とは違うということを知らしめる。

この場所にいることがどうしようもなくつらくて、
「私、昼一で頼まれてた仕事がありますのでお先に失礼します」
動揺していることを気づかれないように席を立った。

昼一の仕事なんて嘘だ。
ただ、彼女と大雅が話しているのが嫌だったから。
私以外の女の人を下の名前で呼んでほしくなかったから。


明日美さんの話によると、あの後、大雅と舞子さんって言う人は
社内のカフェコーナーでお昼休みの時間ギリギリまで二人で話していたらしい。

あの後、私は屋上で大雅が来るのを待ったのに。
大抵、彼は食後の一服でここに来るはずなのに。
大雅は屋上に来なかった。
煙草も吸わずに、舞子さんと話しをしていたのだ。


そしてその夜、大雅からの連絡はなかった。
忙しい日は、帰るとすぐシャワーを浴びて寝てしまうのでメールや電話をしてこない。
会社で会えるから、それでいいと思っているみたいだ。
それは最初からのことだったし、今までは何も思わなかった。
会社が違えば連絡とかくれるのかな。


 *


翌日の昼休み。
とにかく彼と話をしようと思い、再び屋上へ行った。

いるかな…。
重い扉をゆっくり開けると大雅の背中が見えた。
それと同時に、もう一人、女の人の姿も見えた。

「どうして一緒にいたいのに、一緒になれないの? こんなにも好きなのに…」

そう言って、彼にすがり付いたのは…舞子さん…だった――。
そして彼は彼女を受け止めた。

「うん。わかったから…。もう泣くなって」

どうして?
目の前には抱き合う二人。
大雅と私の秘密の場所だったのに…。

なんか、こう、自分の中の全てが
彼と積み重ねてきた1年と少しの気持ちが
音を立てて崩れていくようだった。
誰よりも信じていたのに…。

声を掛けられるはずもなく、私はそのままエレベーターに乗り込んだ。
いまいち目の前で起きたことが、夢なのか現実なのかはっきりとしなくて
不思議なことに涙は出てこない。



うちの会社では30代半ばにならないと主任クラスにはなれない。
けれど大雅は30歳前にして主任という立場を任され、それ以上の仕事をこなす。
どんなに他の上司達がカリカリしてても、彼だけは落ち着いて対応する。
みんな彼を慕う。
見た目もかっこいい。
そんな彼がモテないはずがない。
だから会社の中に彼の元カノとか、そういう女性がいてもおかしくはない。
解ってはいるけど、ああいうのを目の当たりしてしまうと不安で不安でしょうがない。


そんな沈んだ私を一番に気づいたのは、隣の席の明日美さんだった。
彼女は主婦をしているので忙しくない時は定時で上がり、すぐに家に帰って夕飯の支度をしないといけない。
でも明日美さんは「今日は遅くなっても大丈夫だから」と、私を連れてカフェに入った。

「西村くんが昨日の帰りにそれとなく主任に聞いてくれたんだけどね。
 舞子さんって人、主任とはただの同期で元カノではないみたいだよ」
「そう…なんですか…」
「主任のことを絶対に信じるんだよ。ねっ」
明日美さんはニッコリ微笑んだ。
「はい。たしかにちょっと気になったけど、でも信じることにします。
 明日美さん、ありがとうございます。元気になりました」

1時間ほど話して、私達はそれぞれの駅へと別れた。

口ではそう言ったものの、穏やかではいられない。

西村さんが聞いたのは、昨日の帰り。
抱き合っていたのは、今日のお昼。
人の心は案外たやすく変わってしまうのかもしれない…。





「危ない!」
グイッと腕を引かれた瞬間、我に返った。
目の前の信号は赤だった。
一瞬、私を掴むその手が大雅だったらいいのにと思った。
そして振り返ると。




漣くんだった。


どうして、此処に…?


「久しぶりだな」
「……」
「百香に似てるなーと思って見てたら、赤信号で渡ろうとするから」
「……」

神様。
こういう時、どう返事をしたらいいんですか?
もう二度と会わないと思っていた人と、会ってしまった場合。

「どうした?」
漣くんが覗き込むように私の顔を見た。
「あ…ちょっと仕事で疲れちゃってね…」
「大丈夫か?」
思ってもいない言葉にドキッとした。
「…うん…」
私に向けた瞳は、あの頃とは全然違って大人っぽくなっていて
優しい顔をしていた。
いわゆる丸くなったっていうのかな…。

「社会人って大変だよなぁ」
「そういえば就職したんだね」
初めて見た漣くんのスーツ姿を思わず大雅と比べてしまった。
まだ少し、着慣れてない感じがした。
「ああ。出版社なんだけどさ、もう休みが全然取れねーの。
 なー、せっかくだし少し時間ある?」
何も考えずに、思わず「うん」と頷いてしまった。

「ちょっと待ってて」
そう言い残すと、漣くんが目の前のコンビニでドリンクを買って来てくれた。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「紅茶…」

私がどっちが好きかなんて、知らなかったんだろうなと思った。
一応1年付き合ってたのにね。
彼女が何を好きなのか、嫌いなのか、それさえも彼は知らなかったのだ。

私達は花壇に腰を下ろし、目の前を次々に人が行き交う中、話をした。

「ずっと謝らないといけないと思ってた。
 百香が自分の前から消えて、ようやく百香の大切さを知った」
「……」
何て応えたらいいのか判らない私は、軽く頷いた。

「あいつとはうまくやってるの? 年上っぽかったけど、会社の人?」
“あいつ”と言われてすぐ理解できた。
大雅のことだ。
別れを言いに行く時、付いてきてもらったから。

「彼は私の上司だよ」
「上司かー。それはそれで大変だな。
 俺なんてまだ1年目だからさ、いつも上司にグチグチ言われて最悪」
「覚えることいっぱいだもんね」
「ホント」
こんなに話す漣くんは初めてだ。
けれどそんな彼を見ても、もう何の感情も沸かない。
それでもやっぱりこのまま漣くんと一緒にいるのは大雅に罪悪感があった。

「私、そろそろ帰らないと…」
「あ。ごめんな」
「じゃあ、仕事頑張ってね」
そう言い、迷うことなく彼に背中を向けた。

「百香。優しくできなかったけど、俺は百香のこと好きだったよ。
 って言っても、気づいた時にはもう百香はいなかったけど。
 だから幸せになってほしい。誰よりも。絶対に幸せにしてもらえよ」
後ろから漣くんが言った。

「ありがとう」
振り返り、めいっぱいの笑顔を彼に向けた。
そして再び、漣くんに背を向けた瞬間。
涙がこぼれ落ちてきた。
どういう涙か自分でも判らない。
嬉しいのか、悲しいのかさえ。


私は幸せになれるのかな?
大雅は、私ではない人と幸せを歩もうとしてるのかな?
あなたが想う未来に私はいないのかな…。

←back  next→

2006-09-09


|| top || novel || blog || link || mail || index ||

 

inserted by FC2 system