続編・永遠(とわ)に… 1


二人が付き合うことになったあの日から1年と少しが過ぎた。
社内恋愛をしている私達を職場で知っているのは、先輩の西村さんと明日美さんの二人だけで
あとの人たちにはなんとか隠し通っているみたいだ。

その1年と少しという月日の間に、西村さんは一児のパパになり
明日美さんは3年付き合ってきた彼と結婚をして、家事と仕事を上手く両立している。

私達の関係も順調で、週末は大抵、大雅のマンションで過ごす。
金曜日に彼より先に仕事を終える私はスーパーで買い物をし、
合鍵で彼の部屋で料理を作り、帰りを待つ。
そして土曜日はのんびり過ごし、日曜日の夜には自分のアパートに戻る。
いわば週末婚のように。
それでも私は幸せだ。
幸せすぎるくらい幸せだと思っていた。



仕事の方は少しずつ任されるようになって、自信も少し付いてきた。
大雅は相変わらず忙しい毎日で、ここ最近は特に仕事に追われている。

「吉野、これ明日の朝一会議用の資料。量多いんだけど今日中に準備しといてくれる?」
「はい」

「これ営業部に回して」
「はい」

オフィスは電話の音や誰かの話し声、パソコンのキーボードを叩く音で常にザワザワとしている。
そんな中で、どこにでもある普通の“上司と部下”としてのやりとりが毎日行われる。
もちろん特別なアイコンタクトもない。


 *


「ホントごめんな。もうこのチケット明日までだし、百香だけでも観に行ってこいよ」

会社の取引先の人からいただいた映画のチケット。
いただいた日から「週末行こうね」と言ってたけど、行こうと思うと予定が入っちゃったりして、なかなか行けなかった。
今週こそはと思ってたけど、大雅が大きい仕事でかなり疲れていて映画は無理だと言った。
私は彼のそばで働いてるから、彼がどれだけ大量の大きな仕事を抱えているか知っている。
だから一緒に部屋でのんびり過ごそうと言ったけど、
自分だけ寝ているのは百香をつまらなくさせてしまうからと言われ、
なかば強制的に一人で映画を観に行くことになってしまった。

それは構わなかったのだけど、映画の内容がいけなかった。
大恋愛の物語で、周りはカップルだらけ。
座っていることがすごく心地悪かった。

映画が終わり、エンドロールが出ると同時に席を立ち、映画館をあとにした。
時間は午後2時。
今から食材を買って大雅のマンションに行って、何か元気の出るものでも作ろうと思った。

好きな人のために、何を作ろうかなと買い物をしている時間。
料理をしている時間。
その人と食べる時間はすごく楽しい。

スキップでもしそうな気持ちで、大雅のマンションに向かった。
エントランスのインターフォンを押すと大雅の眠そうな声がした。

「はい…」
いつもよりワントーン低い声で出た彼に、インターフォンを押したことを一瞬後悔した。
「あの、百香です」
「百香?」

少し驚いた声でセキュリティーを解除してもらい、マンション内に進んで行く。
玄関ドアの横のインターフォンを押すと、すぐに扉が開き、パジャマ姿の大雅が出てきた。

「どうした?」
「夕飯作ろうと思って…」
「映画は?」
「うん、観たよ」
「せっかくだから買い物とか楽しんで来たらよかったのに」

あれ…。
もうちょっと喜んでくれると思ったのにな。

買って来た食材を冷蔵庫に入れていると
隣でお茶を注いだグラスを渡してくれた。

「3時かー。ごめん、もうちょっと寝ていい?」
「うん…。なんかごめんね。夕飯用意したら帰るね」
「なんで? 一緒に食べないの?」
「うん…食べたい…」

そう答えると、大雅は「おやすみ」と私のおでこに軽くキスをして寝室に戻った。
私達が出会って、彼は今まで一番忙しい毎日を過ごしていた。
少し頬がこけたのは気のせいじゃないと思う。
部屋を見渡せば、新聞も何日分かリビングに散らかったままだし、
服もワイシャツも脱ぎ捨ててあった。

こんなになる前に言ってくれればいいのに。
もっと頼ってほしいのに。
私がしてあげられることはこんなことしかないのだから…。

散乱している服を集めて洗濯機を回し、部屋を片付けてお風呂掃除をし、夕食の支度をした。
なんだか自分が主婦になった気がした。
奥さんかぁ…。
そしたらいっぱいしてあげたいことがあるのに。
大雅は私にソレを求めてくれてるのかな。


ワイシャツにアイロンをかけていると、
ふとリビングのテーブルの下に積んであった冊子に気づいた。
何だろうと思って、何気なくそれを手に取ると…
マンションのカタログが何冊かと不動産会社の封筒だった。

何これ…。
引っ越そうと考えてるの?
しかも横浜だ…。
もちろん横浜からでも会社に通えなくはないけど、今のマンションなら私のアパートに近いのに…。


気づけば時計は7時を指していた。
私とご飯を食べるために買ってくれた小さなダイニングテーブルには
ヘタなりに作った料理がラップをかけて並べてある。
本当は出来たてを食べてほしかったけど、もう少し寝かせてあげようと思っていたら、こんな時間になってしまった。
「大雅…?」
静かに寝息をたてている彼に声をかけてみたけど、ここで起こしてしまうのは悪いような気がして帰ることにした。
というか、なんだか彼と顔を合わせるのが怖かった。
引っ越しの話も、マンションの話も聞いたことなんてない。
あのパンフレットはいつもらいに行ったんだろう。
今、彼が私に隠して何を考えているのか、知るのが怖かった。


アパートに戻り、ベッドに伏せていると携帯がなった。

「もしもし」
『あ、百香? ごめん、今起きた』
時計を見ると8時をすぎていた。
やっぱり起こさなくて正解だったかな…。

『ご飯、今レンジかけてるよ。悪かったな』
「ううん。私が勝手に押しかけただけだし…」
『いや、助かったよ。洗濯も。部屋も汚かっただろ?』
「ねぇ、大雅…」
『どうした?』
「ううん、何にもない。無理しないでね」
『ああ、分かってるよ』


大雅。
私ね、あなたのお嫁さんになりたいな。
毎日温かいご飯を一緒に食べたい。
眠りに着く時はいつもあなたが隣にいて。
朝目覚めると必ずあなたが隣にいて。
そんな毎日を過ごしたい。
結婚、したいよ…。

あなたが想う未来に私はいるのかな?

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2006-09-04


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