番外編・私達の歩む道 3


数日後。
いつものように2時間ほどの残業を終え、会社のビルから出てすぐ携帯がなった。
ヒロトからだ。

「もしもし?」
『舞子?』
「あ…、お疲れ様」
『仕事終わった?』
「うん、今終わったよ」
絶妙なタイミングだなと思った。

『疲れた?』
「うん…、大丈…夫」

やばい。泣けてきそうだ…。
と言うか、もう涙が勝手にこぼれ落ちてくる。

『舞子? 泣いてるの?』
「な・泣いてないよ」
だめ。
止めなくちゃ…。

『泣いてるでしょ?』
「……」
鼻声で気づかれちゃったかな…。

「どうして舞子は素直じゃないの?」

え!?
ヒロトの声が受話器を通してじゃなく直接聞こえ、
顔を上げた途端、目の前にいる「人」に抱きしめられてしまった。

「舞子…」
「ヒロト? なんで?」

大阪にいるはずの彼がどうして、東京(ココ)にいて私を抱きしめているの?
声も、ぬくもりも、この匂いも、この背丈も確かにヒロトだと思えるのに、何となく信じられなかった。
「本物?」
問いかけた私にヒロトは手を取り「本物だよ」と自分の頬を触れさせた。

「どうしてココにいるの? 仕事は?」
「午後から半休とって、こっちに来たんだ。驚かそうと思って…。黙っててごめんね」
そう言ってヒロトはまた私を抱きしめた。
ここはオフィス街で通りすがる人達の目線がちょっと痛い。
でもなんだろう。この感じ。
すごくドキドキする。
初めて抱き合った時のような、そんな気持ちだった。

「ヒロト、ここ会社の近くだし…」
「あ、そうだね」
体を離し、すかさず私の手を取った。

「とりあえず、ご飯まだだろ? 腹減ったー」
私の手で、ヒロトは自分のお腹をさすり、レストランへ行った。

「ほら、いっぱい喰って栄養付けろよ」
「うん…」
テーブルには食べきれないほどの料理が並び、久しぶりにたくさんお喋りをした。
何気ない会話なのにヒロトといると楽しくて、泣き続けてた毎日が嘘のようだった。

「ここに来てやっと舞子の元気そうな声聞けた」
「そう?」
「うん」

それはヒロトに会えたからだよ。
それだけの理由で私は元気になれる。
今までずっと一緒にいたから気づかなかった。
すごくすごく大切なことなのに…。


私達はいっぱい食べて、飲んで、お店を出た。
「ちょっと歩こうか?」
「うん」
ヒロトの手に引かれ、向かった先は公園だった。
噴水がライトアップされていて、とても綺麗。

「ここ覚えてる?」
「覚えてるよ」
研修中、上司に怒られた私をヒロトがここへ連れてきてくれた。
「マイナスイオンだー!」って叫んで私を笑わせてくれたよね。
あの日から私にはヒロトはなくてはならない人だった。
そう、他に何もいらなかった。
ヒロトがいてくれるだけで、それだけでよかった。
それなのに私は…。

「舞子、今のやってるプロジェクトいつ終わる?」
「3月1日発売予定だから、3月末までには終わるよ」
「そうか…」
ヒロトは一言呟いて、私を真っ直ぐな眼差しで見つめた。
「4月になったら大阪に帰って来ないか?
 ――結婚、しよう」
「ヒロト……?」
今、結婚しようって言ってくれた?
夢?
現実?

「返事は?」
抱きしめられて我に返った。
「私をお嫁さんにしてくれるの?」
「そうだよ。ずっとしたかったよ」
「私もずっとしたかった」
そう言うとヒロトは「待たせちゃってごめんね。愛してるよ」とキスを一つした。

久しぶりに“愛してる”という言葉をもらって、嬉しいけど恥ずかしい気持ちで、彼の胸に顔を埋めた。
付き合いが長くなると、次第にそういう言葉なんてなくても想われていることはわかる。
だけど今日は私も言葉にしよう。

「愛してる」


 *


それから私達は、私の住む寮へ帰った。

「寮って言ってもマンスリーマンションみたいなんだ」
「そうだよ。だから結構気楽」
「嘘だ、寂しかったくせに」
部屋に入った途端、ベッドへ押し倒されてしまった。

「ヒロトは…? 寂しかった?」
彼の首筋から肩に手を這わせ、訊く。
「俺は寂しかったよ。あんだけ狭かったセミダブルが一人だと広く感じるんだ」
「これシングルだよ。もっと狭いよ」
「いいよ。今日は狭いほうがいい」

ヒロトがゆっくりと私に口付けをする。
こんなこともう何度もあることなのに、涙が溢れてきてしまった。

「また泣いてるの?」
「ヒロト…。寂しかった」
「うん」
「会いたかった」
「うん」

ヒロトは私の言葉に優しく応えながらキスを降らせていった。


私達が一緒に歩んできた道は、振り返ってみると決して平坦な道ではなかった。
きっとたぶん、この先も。
でもずっと向こうの方へ果てしなく道は続いていて、少しの間だけ別々に歩かないといけないけれど
それは長い道のりのほんのわずかな期間だけで、乗り越えればまた一緒に歩んでいけるんだという約束がある。
だからまた明日から頑張ろう。
離れていた距離を後悔しないように、精一杯歩もう。
両手を広げて待っていてくれる、愛する人の元へ。


 ―おわり―

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2006-10-05

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