5 君がいるから


〜浩太サイド

君がいたから なんだって乗り越えてきた。
君がいたから 切ない気持ちを知った。

君がいるから 愛おしい気持ちを知った。
君がいるから 未来に光が降り注ぐんだ。


 *


彼女に初めて会ったのは、俺が高校3年の春。
妹が連れて来た友達だった―――。


「ただいまー」
俺が学校から帰ってくると、玄関に二足のローファーがあった。
家の奥から母親と妹の「おかえりー」という声が響いた。

玄関からリビングに入り、そして二階へ続く階段があった。
ダイニングで母親と妹、そして制服を着た女の子が一人いた。
「あ、こんにちは」
その子は俺のほうを見てニッコリ笑った。

ん?なんか可愛らしい子だな。

その時はそう思っただけ。
俺にはその時、同じクラスに付き合ってる子がいたし
彼女とうまくいっていたから。

それから梓はうちに何度も遊びに来て、顔もよく合わすようになった。
梓の家は母親が看護師で夜勤をやっていて、父親も仕事で帰ってくるのが遅いので、一人っ子の梓はよくうちで夕飯を食べていた。
家も学区は違うものの隣の町で近かったからっていうのもあったからかな。

 *

ある日。
俺がいつものように学校から帰ってくると、「おかえりなさーい」と梓の声がした。

妹の部屋の前を通ると、中には梓だけがいた。

「あれ?美登里は?」
「美登里、課題の問題集を学校に忘れちゃって、おばさんの車で今学校に取りに行ってるの」
「そうなんだ」
「あ、浩ちゃんって数学得意なんだよね?
 わからないところがあるんだけど、教えてくれないかなぁ?」
「いいよ。着替えてくるからちょっと待ってて」

その時もまだ自分の気持ちに気づいていなかった。
俺は着替えて美登里の部屋に行った。
テーブルの向かいに座った。

「ここなんだけどね…」
「あーここはね、こうすると…」
俺が公式の解き方を説明していくと
「あ!そうかー! 浩ちゃんすごいね。学校の先生よりわかりやすいよ」
梓がすぐ目の前でキラキラ微笑んだ。

――かわいい。

梓が「じゃあ、ここは」と問題を解いていく。
伏せたまつげがすごく長くて、カラフルなシャーペンを持った手は白く細く小さくて。

俺が彼女の書いている数字ではなく、梓自身を見ていると
パッと顔を上げて目が合い、初めて女の子にドキッとしたことを今でもよく覚えている。

「合ってる?」
「あ、ちょっと見せて」
梓の問題集を手に取る。
綺麗な字が並べられていて、彼女のイメージ通りの字だと思った。
「合ってるよ」
「やった! ありがとね」


初めはこの子が妹だったらなと思っていた。
でもなんか違うんだ。
妹ではなく、一人の女の子として守ってあげたい。

この日から俺の気持ちが明らかになった。

 *

美登里と梓が通っていた高校は自転車で15分程の女子高で
俺は電車と徒歩合わせると50分はかかる高校へ通っていた。
だから二人の方が帰ってくるのが早い。
いつのまにか俺は家に帰るたび、今日は梓来てるかなと楽しみにしていた。

それでも現実は厳しいもので、進学校に通う3年生の俺は
好きな女の子に浮かれている場合ではなかった。
学校でも家でも“お前は国立大学を目指すんだ”と言われ、俺自身も国立へ行けば、自分の将来も道がひらけると思っていた。

受験の前日は東京のホテルに泊まることになっていた。
その2日前、俺は梓に呼び止められた。

「浩ちゃん!あの…これ…合格しますように」
そう言って俺はお守りをもらった。
「ありがとう」

東京へ向かう新幹線の中でその袋の中のお守りを出した。
「…縁結び…?」
合格祈願じゃなくて、縁結び?
まあ、大学に受かるのも縁だし…。
まーいっか。
そう思って胸ポケットに入れた。

そして俺は大学に合格した。
東京の住まいも決まり、少ない荷物を宅急便に頼み
俺は18年間住んでいた町を出ることになった。

最後に、ここを出る前に梓に会いたかった。
でも会えなかった。

残念だったけれど、寂しくはなかった。
心の奥でまたいつかどこかで会える日が来ると思ったから。


おわり



 *



おまけ。


―――浩太と梓が再会したのは、6年後。
         その間、なぜ会えなかったかというと。

大学生の頃の浩太は遊びに、バイトに忙しく夏休みも冬休みも実家に帰らなかった。

その後、就職して1度だけ実家に帰った。
しかし運の悪い浩太は、、、

「あ、浩ちゃん、おかえり。何年ぶり? 一昨日梓が遊びに来てね、一緒に初詣行ったんだよ」
妹の美登里はこたつにもぐりながら言った。
「で、梓まだこっちにいるの?」
「ううん。もう帰ったよ。新幹線のチケットが昨日のしか取れなかったみたい」
「そっか…」
着ていたダウンジャケットを脱ぎながら、残念そうに嘆く。
「しかし同じ東京に住んでても偶然会うってこともないんだね。それだけ人が多いってことかなぁ」
「そうだな」
浩太は梓からもらったお守りを見ながらつぶやいた。
「なんで会えないのかな」


―――妹の美登里に聞けば、梓の居場所なんてわかるのに…。そんなことも気づかず…。

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2006-03-12
2012-07-08 修正

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