4 誕生日


今日は私の23歳の誕生日。
こんな梅雨のシーズンが誕生日だなんて嫌。
でも今日は雨は降らなかった。


浩太と会えない間、浩太のことばかり考えてた。

浩太以外の人なんて好きになれない。
もっといっぱい一緒にいたい。
誕生日は浩太に祝ってもらいたい。
私は浩太が好きなんだよ…。

ああ、私ってなんてバカなんだろう。
なんで思ったことを素直に言える勇気が出ないのかなぁ。


それなのに私はなぜか誕生日の今日、安田さんと会うことになってしまった。
金曜日の夜、電話がかかってきて誘われた。
もちろん安田さんには誕生日のことは言わなかったけれど…。

安田さんに会って今の気持ちをちゃんと言おう。
私はそう決めた。


私達は食事し、お店を出た。

通りに出ると、携帯をいじりながら向こうから歩いてくる男の人が目に入った。
浩太…?
その人は携帯を閉じ胸ポケットにしまい、そして私は彼と目があった。

やっぱり浩太だった。

「こ…」

私が声を出す瞬間、浩太は目をそらし私を無視してすれ違った。
浩太の瞳を伏せた顔が、私の胸を痛くさせた。
浩太…なんで?
どうして私のことをどうして見ないふりをしたの?

そして私の携帯がなった。
この着信音は浩太からのメール。

「電話?」
「あ、メールです。…ごめんなさい、ちょっと見てもいいですか?」
「うん、いいよ」

私はバッグから携帯を取り出した。

『あの日、梓の態度が変でずっと気になってた。
 今日は絶対仕事を早く終わらせようと思ってたから
 今からなら会えるけど、今どこにいる?
 会おう。
 と言うか、会いたい』

“会いたい”という文字が私の心に刺さった。
時計を見ると8時。
浩太から連絡なかったのは、私と土曜日会うためにずっと残業してたってこと?

「あのっ、安田さん、ごめんなさい! 私、行かないと」
「え!?」

待った。
ダッシュしかけた足を止めた。
言わなきゃ。一番言わないといけない言葉。

「私、他に好きな人がいて、今頃自分の気持ちに気づいたんです」
「高瀬さん…?」
「だから安田さんとは付き合えません。本当にごめんなさい!」

焦ってて、自分の気持ちをうまく伝えることができない。
私は本当に申し訳なくて頭を下げた。
と同時にカチューシャが落ちた。
だけど私は頭を上げられない。
しばらく黙っていた安田さんはそれを拾いながら口を開いた。

「……そっか…。わかったよ。彼の所でしょ?急ぎなよ」
「安田さん…」
顔を見上げると笑って
「やっぱり高瀬さんて楽しいかも。彼が羨ましいよ」
と、カチューシャを渡してくれた。

「…ありがとうございます。今日はごちそうさまでした。失礼します」

私は夢中で走った。
浩太のもとへ。

「浩太っ!!」
「…梓…!?」
信号待ちしていた浩太は私の声に驚いた顔をして振り返った。

「はぁ…はぁ…、なんでさっき無視したの!?」
「は?何?それ言いに追いかけて来たの? デート中だったんだろ?邪魔しちゃ悪いと思ってさ」

邪魔しちゃ悪いって…私は邪魔して欲しかったよ。

「私、さっきの人に付き合おうって言われてたの。ずっと憧れてた人だったんだ…。
 でもどうしてか、その人よりいつも浩太のことばかり考えちゃうの。
 今日だって自分の誕生日なのに、会ってる彼じゃなくて浩太に祝ってもらいたかった。会いたかった」

「梓…誕生日だったの?」
「うん」
「だったら言ってくれればよかったのに…」
「……あのさ、浩太言ったよね。私に彼氏ができるまで付き合おうって。
 じゃ、私が浩太のこと好きになった場合はどうしたらいいの? もう遅い!?」

その時

――ピリリリ ピリリリ ピリリリ ピリリリ

浩太の携帯がなった。

「携帯…なってるよ…」
私がそう言うと、浩太はハッと携帯の音に反応した。
「ちょっとごめん…。はい。
 あ、美登里…? 今本人から聞いた。ったく、お前気づくの遅いよ。ああ、わかった」


「美登里?」
「あいつ今、今日が梓の誕生日だって思い出したんだって。遅いよな」

美登里…。

「聞きたいことがあるんだけどね…。
 私見ちゃったんだ。女の人と二人で飲んでるところ。その人は浩太の好きな人?
 それなのに私にキスしたのはなんで…? この間の話したいことって何だったの?」

「うん、ちゃんと話すよ」

 *

私達は桟橋のある、夜景が綺麗な公園に行った。
向こうに聳え立つ大きなビルの明かりが港に反射してキラキラ輝いていた。

そして、浩太は静かに話し出した。

「まず先に言っとくけど、俺と一緒に飲んでたのは会社の同期。
 梓は二人で飲んでたって誤解してるみたいだけど、もう一人男がいたよ。3人で飲んでたから。
 彼女とは恋愛感情とかないから。もちろん向こうにもそういうのは一切ない。
 ちなみに俺に好きな子がいるのも知ってるよ」

――好きな子…?

「俺らがまだ高校生だった頃、梓よく家に遊びに来てただろ?
 梓は、いつも明るくて、綿菓子みたいにふわふわしてて
 でも話すと結構芯が強いところがあったりして…。
 あの頃から俺は梓のこと好きだったんだ。
 だけど俺は東京の大学へ進むつもりだったし、離れ離れになる梓に自分の気持ちを言うつもりもなかった。
 大学に入っても就職しても、色んな子と付き合ってても、いつもどこかで梓のことが頭にあった。
 それで前の彼女は俺に気持ちがないことに気づいて他の男の所へ行った。
 一人になって色々考えてたんだよ。
 あー会いたいなーって…。
 で、ある日うちに梓がいてさ。まさか自分ん家で会えるとは思わなかった」

――浩太…。

「私のことずっと忘れないでいてくれたの? でもなんでそのこと最初に言ってくれなかったの?」

「俺はさ、美登里にも言われたけど、逃げ道を作りたかったんだよ。
 あの日、梓に付き合ってって言ったけど梓は「好きでもない人と付き合えない」って言った…。
 なんでちゃんと言わなかったかって言うと、もし梓がいつか他の誰かを好きになって自分からさっていくとき、
 先に自分の逃げ道を作っておけば“こんなもんだったんだ”って思える。
 だから俺は梓に「彼氏ができるまで」と条件をつけた。
 だけどそれじゃダメだって思った。なんでだかわかる?」

「…?」

「梓のこと本気だから。だから梓にキスをした。
 さっきも本当は梓のことを無視してすれ違った瞬間、後悔してた。奪ってやればよかったって…。
 なんか俺ガキみたいだな。自分の気持ちもはっきり言えなくてさ」

「浩太…」

浩太は私の手を引き寄せ、ギュッと強く抱きしめて
「梓、好きだよ。愛してる」
と耳元でささやかれた。

「うん。私も…。だからこれからもずっと一緒にいたいし、それから…浩太のこと大事にしたい……」

涙がこみ上げてきて、もうそれ以上は言葉にできなかった。
浩太はよしよしってなでてくれた。

「そう言えばまだ言ってなかったね。誕生日おめでとう」
「ありがとう」

そして唇を重ねた。

「今日美登里うち帰って来ないから」
「え?」
「あいつなりに気を使ってくれたみたい」

美登里ってば…。

「どうする?泊まりに来る? 今度は妹の部屋じゃなく俺の部屋に…」
「うん…」

私は小さくうなずき返事をした。

そして私達はタクシーに乗り込んだ。

「プレゼント1日遅れになっちゃうけど、明日一緒に買いに行こうな」
「いいよ。何もいらない」

本当に何もいらない。
浩太がいてくれれば、それだけでいい。
好きな人と過ごせれば、それでいい。
初めてそう思った誕生日だった。

「梓がいらなくても、俺が何かあげたいの」
「うん」

私達はタクシーの中でもずっと手をつないでいた。
もう離さないでほしい。。。



私達は浩太の部屋に入ったとたん夢中でキスをし
その夜、何度も何度も抱き合った。




「ん…朝…?」

そうか…私、浩太と朝を迎えたんだ。
夢じゃなくてよかった…。

彼の寝顔を見ると、幸せな気持ちでいっぱいになった。
今まで私は相手に愛されて幸せにしてほしいとばかり願ってた。
でもこの人だけは違う。
私がいっぱい愛して、いっぱい幸せにしてあげたい。
絶対裏切らない。
そう彼の顔を見ながら誓った。
そしてまだ眠っている浩太にキスをすると、腕枕をしなおしてくれた。

それからしばらくベッドで昨日の余韻を楽しんじゃったりした。

 *

私が着替えてると、
「そういえば、梓、これ覚えてる?」
浩太がスーツの中から小さな白い紙袋を取り出し、私に渡した。
所々破け、色も少し褪せていて
よく見ると神社の名前の判子が押されている。

「これさ、梓が受験の前、俺にくれたお守り」

お守り…。そんなことすっかり忘れてた。
そういえば初詣の時、お守りを見てたらふと浩太の顔が浮かんで、買ったんだった。

「“合格しますように”って渡されたんだけど、中見てごらん」

私は袋からお守りを取り出した。

「『縁結び』…?」
「普通さ、『合格祈願』じゃないの?」
浩太が笑いながら、聞いてきた。

「私、間違えた?」
「そうみたいだね。でもこれのおかげで大学受かったし、梓のこと忘れなかったし、再会もできた」
「そっか、私たちこのお守りのおかげで結ばれていたんだね」
「そうだね」
私達は笑い合った。

私をずっと想ってくれていた人は…、そして愛は此処にあったんだ――。

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2006-03-09
2012-07-08 修正


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