1 再会


桜の木につぼみがつき始めると、もう春なんだと気づく。
まだまだ寒いし、花粉も気になる。
だけど私はこの季節が一番好きだ。
何か新しいことが始まる予感がするから…。

――って言って、何もないんだけど…。

私、高瀬梓(たかせ あずさ)はアパレル会社で働いてる。

高めのヒールで駅までダッシュするのもすっかり慣れた入社3年目。
仕事も少しずつ任されるようになって、社会人としては頑張っているつもりだけれど
恋愛はまったくだめで、社会人になってしばらくした頃、会社の子に誘われた合コンで知り合った人と1年くらい付き合っていた。
けれども私達はうまくいかなくなり、違う道を歩くことにした。

もうかれこれ2年も彼氏がいない。
憧れている人はいるけど、どうこうしようなんて私は思ってない。
だって私は特別顔も美人なわけでもないし、スタイルだっていいわけでもないし。
一歩踏み出せる勇気もない。

そんな私の毎日は、満員電車で通勤し8時半から会社が始まる。
ランチは同じ課の子と会社の食堂で済ませ、その後は一人で自分のデスクでボーっとする。

いつものようにボーっとしていたら、携帯にメールが送られてきたことをイルミネーションで気付く。

あ、美登里からだ。

『今夜ヒマ?』
「ヒマだよ」
『急に合コン誘われたんだけどさ、どう?』
「OK」…送信っと。

定時で帰るために、さっさと仕事を済ませロッカールームで着替える。
うちの会社は制服がない。
けれどアパレル会社だけあって、みんな服にはこだわっていて
ロッカーには常に“何かあった時”用の服が常備してある。

一応この私も。
夜モードに着替え、そしてトイレで化粧直し。

「さ、行くぞ!」


美登里とは高校時代の同級生。
私は高校卒業とともに実家を出て東京の専門学校に進んで、東京の会社に就職。
美登里は地元の大学へ進み、この春就職で東京へ出てきた。

 *

「梓、久しぶり」
「お正月ぶりだね」

「今日の男の人、私の会社の研修で知り合った子の知り合いらしいんだけど、私も初めて会うの。
 だからあんまり期待しないでね…。
 一応おごりってことにはなってるから、そこは安心したまえ」

美登里は冗談交じりに私の肩をポンポンと叩く。

「了解!」

私達はお店へ入った。
「すみません、“加藤”で予約してあるものですが…」
美登里が相手側から聞いた名前を言い、店員に案内され奥に進んだ。

「こんばんは」

男性2人が一斉にこっちを見る。
第一印象は…普通…。
悪くもないし良くもない。

「何飲む?」
「んー、ビールでいいよ」

私の周りはお酒だめな子多いから、美登里がこっちへ出てきたことが嬉しい理由の一つでもあった。

男達の会話は本当に見た目どおりの普通な会話。
いまいち盛り上がらず、1軒目で終わった。
もちろんそんな時は誰も連絡先を交換もない…。
まあね。私も所詮“普通”の女だし、文句は言えないんだけどね。

「ねー梓、うちらだけでもう1軒行かない?」
「もちろん行きますとも」

私達はバーへ行った。
店内にはクラブミュージックが流れ、みんなわいわい飲んでいて私達もマシンガントークをした。



「外、寒っ。しかもこんな時間。最終電車なくなっちゃったよ」
「梓、うち泊まっていけば?」
「いいの?」
「いいよ。こっからタクシーですぐだから。早く帰ろ!酔いがさめちゃう」

 *

翌朝、目が覚めると隣で美登里がスヤスヤ眠ってる。

「シャワー貸してね」
「んー」

美登里は寝たまま返事をした。

夜、来たときは暗くてよくわからなかったけど、結構いいマンションに住んでるんだ。
私は初めて彼女の東京の家に来た。

先々週引っ越したって言ってたけど、もう片付いてる。

バスルームどこかな…。
私はそれらしき扉を開けた。

――ガチャ

「ヒャ……ィヤー!」
「うわー!」

急いで扉をバタンと閉めた。

な・な・なんで???
男の人が???
しかも裸だった…。
幸い(?)後ろ姿だったけど…。
引き締まったオシリだった…。

そっ、そんなことより!
美登里、男の人と暮してたんだ。

うわーどうしよう…。

私が廊下でウロウロしてると
――ガチャ
その男の人が出てきた。


「あ…あの、ごめんなさい。美登里、彼氏と住んでるなんて言ってなかったし」

「違うよ」
慌ててる私に、髪をタオルで拭きながら冷静に答える男のヒト。

「え!? 違う…?」

「俺は美登里の兄」
そう言いながらタオルを降ろした。

「兄って…。浩(こう)…ちゃん?」
「そう。あれ? もしかして、梓?」
「はい…」
「久しぶりだね。身長…伸びてないねえ」

どうせ小さいですよ!って…何?覚えてくれてたの?
高校時代、私はよく美登里の家に遊びに行ってた。
彼女の家には2つ上のお兄さんがいて
(ホントは1番上のお兄さんもいるんだけど、もう実家を出ていた)
夕飯も美登里の家で、お兄さんの浩ちゃんとも一緒に食べたことが何回かある。


「名前よく覚えてたね」
「だってしょっちゅう家に来てて遊びに来てたでしょ?
 俺受験生なのに、キミら隣の部屋でうるさくてさー」

はっ!
私、そんな失礼な女子高生だったんだ。

「まーいいや。とりあえずシャワー浴びたら?」
「あ、はい…。お借りします…」
「大丈夫!俺はノゾキ趣味じゃないから!」
「……」

 *

シャワーを出ると、浩ちゃんが朝食をテーブルに並べてた。
二人分。

「あのー…」
「あ、朝食作ったから。どうぞ」
「二人分?」
「あー、美登里は飲んだ次の日は夕方まで起きないから」
「そうなの!?」
確かにあれだけ飲んでいれば、とすぐ納得した。

私はダイニングチェアに座った。
こんがりと焼けたトーストと、いり卵、ベーコン、サラダ。そしてコーヒー。
まるで新婚さんの朝のよう。

「いただきます。――おいしい!」
「よかった」

浩ちゃんはクスッと笑った。
浩ちゃんの優しく笑う顔、私は結構好きだった。


「梓、どこで働いてるの?」
「アパレル会社で働いてるの。○○(ブランド名)なんだけど」
「有名じゃん。いい所見つかってよかったね」
「うん。で、浩ちゃんはどこで働いてるの?」

カチャカチャと食器とフォークの音が部屋を響かせる。

「電器メーカー。○○ね」
「あ、だからテレビとかオーディオ類すごいんだ」
「ただの物好きなだけだよ」

浩ちゃんはそう笑ってコーヒーを飲んだ。

「で、昨日は美登里と二人で飲みに行ってたの?」
「あー、最初合コンだったんだけどつまらなくてすぐ解散して、そのあと二人で飲みに行ったの」

「ふーん。合コン行くってことは彼氏いないんだね」
「いません…」
「そう」

「浩ちゃんは?今日はこれからデート?」
「ううん。俺彼女いないし」
「そっか…。浩ちゃんかっこいいのにねー。昔からモテたでしょ?」
「まあ、そこそこね」

否定しないとは…。
私達は何年ぶりかに再会したはずなのに、そんなことちっとも思わせないほど、話が弾んだ。

「梓は彼氏どのくらいいないの?」
「もう2年になるかなぁ。浩ちゃんは?」
「俺は1年くらいいないかな」
「浩ちゃんが振ったの?」
「違うよ。俺が振られた。
 歯科助手やってた子でね、そこの歯科医師にプロポーズされ、あっさり乗り換えられてそっちと結婚。
 どう?かわいそうでしょ?」
「そうだねぇ」

私がそう答えると一瞬シーンってなった…。

「今、“そうだね”って言った?」
浩ちゃんは持っていたフォークを私に向けそう言った。

「え?」

「かわいそうならさ、俺と付き合ってよ」

「は?」
そんな急に、何言ってんの?

「彼氏のいない梓はかわいそうな子、彼女のいない俺もかわいそうな男。だから付き合う」

何?付き合う?
かわいそうだから付き合う?
それっておかしくない???

ハテナ顔の私に浩ちゃんがニコッと微笑んだ。
この顔で何人の女の人を落としたんだろう…。

「いくら彼氏がずーっといなくても、私好きでもない人と付き合えないよ」

「は〜…そっか。そうだなぁ…うーん」

浩ちゃんはちょっと考え、あっ!とひらめいたように、こう言った。

「…じゃあさ、梓に彼氏ができるまでっていうのはどう?」
「はあ…?でも…」
「俺のケツ見たでしょ?嫌とは言わせないよ」
「!!」
思い出してしまった!さっきのコト…!

「あっそれから、浩ちゃんじゃなくて浩太でいいよ」


 *


ということでこの日、
私は流されるまま、浩ちゃんと期間限定(?)で付き合うことになってしまった。
6年ぶりにあったその人は、とても遊んでそうで、なんだか軽い感じの男の人になっていた。
昔は真面目なお兄さんだったのになぁ。
東京に出てくると人は変わるものなのね…。

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2006-02-16
2012-07-08 修正


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