続編06、海


「若葉は暑さに弱いから気をつけないと」
 優しい言葉が胸を痛めた。
「うん」
 若葉はただ頷くことしか出来なかった。
「とりあえず、水飲みな」
 手にしていたボトルをリョウは受け取りキャップを開けてやった。
 冷たい水が若葉の喉を通り、強めたエアコンの風が汗を乾かす。まるで頭の中までも冷やされた気分だった。

「先生、ごめんね」
 リョウは「違うよ」と言い、車を発進させる。
「違う?」
 若葉の問いの後、また二人の間に沈黙が流れた。

「これからの出会いは一生の友達や、大切な将来にも繋がるから大事にしろよ。男女関係なく遊んだり、大学生活楽しまなきゃ」
 リョウは穏やかに諭す。
「男女関係なく?」
「うん」
「先生もそうだったの?」
「うーん、どうだったかな」
「女の子といっぱい遊んだ?」
「もう、忘れたよ」
 若葉の質問攻めに、リョウはごまかし笑いで答えた。

 そして若葉は周りを見渡すと、自分の家に向かっていないことに気付く。
「どこに行くの?」
 リョウは微笑み「内緒」と答えた。

 若葉は、案内標識や見覚えのある場所を探し、目の前のナビを確認した。
 しばらくすると先に海があることに気付いた。

「もしかして海!?」
「正解」

 海開きをした海岸は、カラフルなパラソルで賑やかだ。 それを横目に通り過ぎ、しばらく海沿いの道を走る。窓を開けると潮の香りがした。
 小さな駐車場に車を停め、リョウが車を降りると、それに続いて若葉も降りた。
 先程までの強い日差しは和らいでいて、海の風がとても気持ちよくて、二人でゆっくり深呼吸をした。
 傍の堤防に並んで腰を下ろし、誰一人いない遊泳禁止のキラキラと輝く海を黙ったまま見つめた。

 リョウは「ちょっと待っていて」と浜辺へ向かう。
 若葉はビーチサンダルを履いていないし、浜辺には波に打ち上げられた貝殻や海草で下りられそうもなかった。
 リョウは何かを探している様子で、若葉はその姿をずっと見ていた。
 数分して戻って来ると若葉の手のひらに何かを渡す。
 それは綺麗な水色のガラスだった。どこから流れ着いたのか、 破片の角は丸く削られ宝石のようにも見えた。そのガラス片を空にかざすと、 ザラザラとしていて光を少しだけ通し、若葉は思わず「綺麗」と口にしていた。

 リョウは若葉に寄り添い、そのガラスを同じように見つめる。
「ビーチグラスとかシーグラスって言うんだよ。人間が捨てたゴミなのにな」
 そう言い、若葉の風で乱れた髪を耳に掛け、唇を重ねた。

 ゆったりと流れる時間。こんな時間はどれくらいぶりだろう。 若葉が合い鍵でリョウのマンションでご飯を作って待っていても会えるのは夕方以降だ。 一日ゆっくりと会える日なんて一か月に一度くらいしかなく、寂しかった。
 毎日、学校で顔を合わせていた高校生時代が懐かしいな……と若葉は思いながら、 二人静かに夕日が沈むまでそこにいた。

 結局この日は、友達と海へ行く話の続きはしなかった。
 リョウも若葉も二人でいられる時間を幸せに感じたかったのだ。


      * * *


 月曜日、海に行く約束していた一人の女子が「連日のこの猛暑で海に行くのはやめない?」 と言い、男子には断りを入れ、女子だけで計画を立て直すことになった。

「暑いのに、わざわざ暑い場所に行かなくてもねぇ」
「じゃあ、涼しい場所?」
 それぞれ、携帯やスマートフォンで検索をする。
 そして決まったのは、上高地バスツアー女子四人旅。
 帰りにアウトドアショップへ下見に行き、山ガールファッションに「可愛い!」と大盛り上がりをした。

 その夜、若葉はリョウに電話で報告をすると、心配しつつも嬉しそうな声が聞こえた。


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2012-07-08
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