続編02、卒業祝・2 NEW


 そして若葉の携帯に電話がなる。表示を見ると自宅からだ。
 二人の邪魔をしないようにと、美智子はわざわざ電話で呼んだ。
「準備ができたから下りて来て」
 リョウと、花束を抱えた若葉は階段を下りると、リビングには華やかな飾りつけがしてある。 “Congratulations!”のプレートやガーランド、バルーンアートまで浮いている。すべて弟、和輝のアイディアだった。
「ありがとう!」
 若葉は少し大人っぽくなった表情を見せた。
 花束は母に預け、リョウと席に座る。
 父の広和と美智子、リョウはそれぞれのグラスにビールを注ぎ、若葉と和輝はジュースで乾杯をする。
 ダイニングテーブルには美智子が一人で作ったご馳走が並べられ、 色とりどりのてまり寿司にローストビーフサラダ、金目鯛の姿煮もある。
 今までに何度も五人で食事をしているので、リョウもすっかり家族に馴染んでいた。

「若葉、明日の準備はできたのか?」
「うん」
 広和の確認に若葉は「完璧だよ」と答えた。
 準備と言うのは、明日から若葉は三週間、語学留学でカナダに行くためのものだった。
 カナダには親戚が住んでいるので、そこにホームステイさせてもらうことになっている。 スクールへの送り迎えも伯母がしてくれるし、若葉の家族も以前旅行でお邪魔したこともあるため、不安はほとんどない。

 しかしただ一人、リョウだけが不安を抱えていた。絶対向こうでは一人で行動するなよ、 毎日メールするようにと、まるで父親かと思う忠告を何度もする。自分だって 大学生時代一人でアメリカに行ったことがあるのにと若葉が言うけれど男と女とではまったく違う。 しかもまだ高校を卒業したばかりだ。若葉の行くバンクーバーは比較的治安の良い都市だが、危険な場所もある。 それは日本でも同じだし、と二人は言い合っている。

 見かねた美智子が「若葉、お母さんが買って来てほしい物リストもちゃんと持った?」と間に入った。
「大丈夫だよ。メモ帳に控えてあるから」
「先生、明日の見送りお願いしますね」
「はい」
 出発は夕方の便なので、リョウは仕事を終えた足で若葉を迎えに行き、空港まで送っていくことになっていた。

 明日もリョウは朝から部活があるし、若葉もしっかり休息しないといけない。
 最後にケーキでお祝いをして、九時過ぎにパーティーは終わり、リョウはタクシーで帰宅した。

 若葉は、初めてしてもらったキスを思い出しながら眠りについた。


     * * *


 翌日、二人は空港へ向かった。
 大きなスーツケースをリョウが運んでやり、若葉は機内用のバッグを下げている。
「九時間くらいかかるんだろ? 結構長いな」
「うん」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ。空港までお迎えも来てくれるし、携帯も使えるらしいから着いたらすぐメールするね」
 二人の会話はまだこんな感じだった。
「卒業した途端、一気に大人になるんだなぁ」
「そう? でもちょっと寂しいよ。三週間も会えないなんて」
 若葉はリョウの腕に巻き付いた。
「ちょっとかよ」
 リョウは苦笑いをして、若葉の頭に顔を寄せる。
「先生は寂しい?」
「寂しいよ。迎えには来れないけど、ごめんな」
「ううん」
 若葉が帰国する日は、ちょうど学校の先生同士で飲みに行くことが前から決まっていた。

「帰ってきたらお願いがあるの」
「ん?」
「先生の家にお泊りしてもいい? 四月に入ってからでいいから……」
「わかった」
 リョウは若葉を抱きしめた。目立ちにくい場所ではあるけれど、それでも人は行き交う。 若葉の髪をいつものようにゆっくりと撫で、指を差し込み、ぎゅっと自分の方へさらに寄せた。 通行人から背中で彼女を隠すように見つめ、口付けを落とす。

 若葉は昨日の夜、こんなにも心配をかけてしまうなら、行きたいなんて言い出さなければ良かったとカナダ留学を少し後悔していた。 けれど自分の夢は捨てきれない。

「先生、ごめんね」
「何が?」
「心配かけて……」
「違うよ。俺が心配しすぎなんだ。子ども扱いだよな。 ……だから帰ってきたら子ども扱いはもうやめる。色々と覚悟しとけよ」

リョウは若葉から泊まりたいと言われ、そのことも含めてそう言った。 しかし若葉には解らないようで、「覚悟?」と首を傾げている。 そんな、大人なのかまだ子どもなのか、とにかく若葉がとても愛しい。

 額と額をくっつけて「気を付けて、いっぱい勉強してこい」とリョウが囁くと、 若葉は「もう一回して」とキスを強請った。キスをしてもらうために、 あえて無色のリップクリームしか塗ってこなかった。若葉は壁際に押されるように身を隠され、 しばしの別れを惜しむように再び唇を重ね合った。


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2013-09-20



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