続編01、卒業祝 NEW



 若葉が家に帰ると、母、美智子は「パーティーの準備をするから、部屋に引きこもっていてね」と言う。
 若葉は「ええー」と反応するものの、どんなお祝いをしてくれるのか楽しみだった。 お茶だけ自室へ持って行き、制服を脱いでハンガーに掛けた。 お気に入りの古木とアイアンでできたハンガーフックに吊るすと制服に向かって「バイバイ」と呟く。

 母に「主役なんだから可愛い恰好しなさいよ」と昨日から言われており、 従姉の結婚式に着たミントグリーンのドレスを着ることにした。それだけでは寒いのでオフホワイトのボレロを羽織る。

 このドレスを見るたびに、リョウに脱がされたことを思い出す。 下着姿を見られたのはあれが最初で最後だった。「卒業まで待っていて」と言われ、 若葉はその先へ進むことをずっと待っている。きっとリョウも自分と同じ気持ちでいてくれるだろうと期待しながら、 髪をアップにして、軽くメイクもした。爪には桜貝のような色になるネイルエナメルを塗り、 少し大人っぽくなった手を見つめた。


 一方、リョウは若葉の家へ行く前に、花屋とケーキ屋に寄った。 あらかじめ予約してあったので、それぞれを引き取り、タクシーに乗り込んだ。
 インターフォンを押すと、美智子に迎えられる。
「先生、今日はありがとうございます」
「ご卒業おめでとうございます。これ、ケーキと花なんですが……」
「じゃあ、ケーキだけ先に預かりますね。花束は若葉に直接渡してあげて下さい」
「はい。お邪魔します」
 リョウは若葉と部屋で待っているように言われ、階段を上がった。
 彼女の部屋をノックすると「はーい」と返事がし、扉が開く。
「卒業おめでとう」
 彼の顔が見えないほどの大きな花束に、若葉は歓声を上げた。
「ありがとう。嬉しい! さっそく活けなくちゃ」
「あ、まだ部屋で待っていてって」
 リョウが部屋を出ようとする若葉を止めた。
 若葉は「そうなの?」と部屋の奥へ戻る。
「この服……」
 リョウが若葉のドレスにふれる。
「覚えている?」
「もちろん」
 リョウは若葉の手から花束をテーブルに置く。二人座ると、引き寄せるように抱き締めた。

「スカート、こんなにふわふわしていた?」
「中にそうなるスカートを履いているの。見る? 脱がせてもいいよ?」
 若葉が冗談半分でそう言うと、リョウは「今日はまだ我慢しておく。 お祝いの日だから」と微笑んだ。
 その代わりではないが、リョウは両手で若葉の頬を優しく包み込んだ。 目の前の額に口付けをし、彼女の大きく綺麗な瞳を見つめる。視線はゆっくりと降り、唇をそっと重ね合った。
 初めてのキスは三秒ほどふれるだけで離れる。

「夢みたい」
 たった三秒でも幸せに満ち溢れる若葉は吸い込まれるように、彼の胸に顔を埋めた。
「先生、ずっと一緒にいてくれるよね?」
 明日からはもう制服を着ることも、毎日会うこともない。 土日は部活指導もあるので、月に数えるほどの休みしかない彼とこれからどうなるのか不安を感じていた。

「当たり前だろ」
 そう答えるリョウも不安だった。彼女にはこれから多くの新しい出会いが待ち構えているのだ。
 少し体を剥がし、リョウは俯いている若葉の顎を軽く持ち上げ、再び唇を重ねた。
 けれど今度は違う。何度も優しくついばみ、彼女の緊張が解けたところで、 親指で少し唇を開かせ下唇を食んだ。その柔らかさを自分の唇で感じ、舌を這わし、 ゆっくりと驚かせないように舌を忍び込ませる。
 若葉は初めての大人のキスに緊張しながらも、彼に身を任せた。

「やばい」
 リョウは慌てて、唇を離す。
 状況が飲み込めない若葉は「え?」と離れていくリョウの袖を掴んだ。
「これ以上していると我慢できなくなる」
「いいよ」
 若葉はそう言ってリョウに縋るけれど、「馬鹿、ここどこだと思ってんだ?」と引き剥がされてしまった。

「先生の唇に口紅が着いちゃった」
 リョウは自分の指で拭うと、薄いピンクがほんのり着いていた。
「だからダメなんだよ。卒業したからって、いきなりこんなこと……」
 これは彼女に言ったわけではない。自分自身への戒めだった。
 若葉からティッシュをもらい、完全に落ちるまでしっかりと拭った。 本当は拭いたくはない。リョウだって彼女とのキスを何度夢に見てきたことか。
「若葉も知っているかもしれないけれど、まだ進学先が決まっていない生徒がいるんだ。 だからそれまで、もう少しだけ待って」
 リョウは今度は頬に口付けた。
「……うん」
「そんなにしゅんとするなよ。これから毎日は会えないけど、いい物あげるから」
「何?」
「はい」
 ポケットから出し、若葉の手のひらには鍵が乗せられた。 鍵には、エッフェル塔のモチーフキーホルダーが付けられている。
「可愛い。これ、先生の家の鍵?」
「そうだよ」
 今までリョウからは色んなプレゼントをもらっている。 どれも大切な物だけれど、お金では決して買うことのできない彼の家の鍵はすごく嬉しいプレゼントだ。 ただし使うのは高校在籍期間が終わった四月一日から、と約束をした。


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2013-09-20







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