62、卒業・1


 若葉は第一志望の大学に推薦入試で無事合格することができた。


 卒業式の学校はいつもより華やかになる。教室の黒板には大きく「卒業おめでとう」の文字やイラスト。 そして廊下には、誰かに渡すのであろう、花束を持った在校生や、手紙を握りしめた女の子達で賑やかだ。


 そして最後の始業チャイムが鳴り響くと、同時にリョウは教室に入った。
 こんな毎日の当たり前の出来事も今日で最後。
 リョウはフォーマルスーツに、サイドの髪をワックスで後ろに流している。 生徒達がはやし立てる中、若葉は、いつもよりさらに格好良い彼の姿に胸が高鳴る。

 リョウは今日一日の確認事項を説明し、体育館に向かうため生徒達を廊下に並ばせる。 最後の服装検査をして、クラスの先頭に立ち、体育館まで歩いた。

 三年生の担任以外の教師と在校生は、拍手と静かに流れる『G線上のアリア』の生ピアノで卒業生を迎えた。

 若葉は、予行演習にはなかった舞台上の大きな装花を見て、本当に今日が卒業式なんだと実感する。

 卒業証書は代表者だけが校長から受け取り、来賓などの長い話が続く。
 体育館の端に座っているリョウは眠そうにしていて、そんな姿に若葉は思わず笑ってしまいそうになった。
 こうやって遠くからリョウの姿を探すことも、学校に行けば必ず会えることも、 そして友達に会えることも、明日からはないのだ。

 若葉は三年間のことを思い返していた。
 正直、楽しかったことばかりじゃない。学校に行きたくない日もあったし、 勉強だって“やらされている”と思ったことも少なくはない。でもこの高校生活は、かけがえのないものとなった。 それは大好きな人――先生――に出逢えたから。
 リョウに出逢えたから、人を好きになることの切ない気持ちや幸せを知り、そして愛される喜びを知った。


 卒業式を終え、教室へと戻り、今度はリョウから一人ずつ花向けの言葉と卒業証書が送られる。


「早坂若葉」
 名前を呼ばれ、若葉は「はい」と返事をする。席を立ち上がり教壇の前に立つと、 リョウから「卒業おめでとう」と卒業証書を受け取った。

 とうとうこの日が来たんだ。そう思うと、一気に感情がこみ上げてきた。 一気に涙が溢れ、ポロポロと頬を伝い制服まで濡らす。

 そんな若葉を見て、リョウは「泣きすぎ」と笑いながらジャケットに入っていたハンカチを渡した。 他にも泣いている生徒はたくさんいるけれど、最後くらい特別扱いをしてやりたかった。

「ほら、笑って」
「うん……」
 うまく笑えているかわからないけど、精一杯、彼に最後の制服姿で微笑みかけた。 教室でこうして向き合うのも、今日が最後なのだ。

「明るくて、しっかり者で、クラスの皆に頼られて、だけど本当は誰かに頼りたくて、泣き虫で。 だけど俺は泣いているところも、笑顔のお前も大好きだよ」
「先生……」

 “大好きだよ”
 リョウからの言葉で、また気持ちが溢れ出してくる。そんなことを皆の前で言ってくれるなんて想像もしていなかった。

「大学に行っても頑張って。ずっと、ずっと応援しているから」
「はい」

 卒業証書が全員の手に渡ると、リョウは生徒達に最後の話をする。
このクラスは自分が初めて受け持った生徒達だ。時々やんちゃすぎる彼らに負けそうなこともあったが、 それでも仲が良く、団結力のあるクラスで、逆に多くのことを学ばせてもらった。
 修学旅行では実家の店まで連れて行くことになり、初めはどうなることか不安しかなかったけれど、 彼らのおかげで両親に自分の働いている姿を見せることができた。本当に幸せな二年間だった。 最後に感謝の言葉を述べると、教室中にすすり泣く声が響き、リョウも涙をこらえていた。


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2007-02-07
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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