60、文化祭・1


 暑い夏が過ぎ去り、十月。
 この季節になると学校は一層にぎやかになる。
 それは文化祭があるからだ。

 若葉達の学校は毎年、一年生は展示物、二年生は劇、三年生が販売と決まっていた。

 三年生の若葉のクラスは沢山の候補の中から、みたらし団子の店をすることになった。
 団子もタレも手作りし、衣装は生徒も担任のリョウも和服を着る。
 若葉の祖父母が着物を遺してくれていて、愛果はピンクの、 若葉は名前のイメージにも合っていると母に言われて淡い若草色の着物を選んだ。
 そして背の高かった祖父の着物はさらに高いリョウに合わせるため少し直して、リョウに貸した。 もちろん他の生徒には内緒で、実家から送ってもらったことになっている。


 どの生徒も文化祭の一週間前から学校に遅くまで残り、看板や飾り付けなどを作る。
 リョウも生徒に混じり手伝いを買って出た。刻一刻と減っていく彼らとの時間を惜しむように……。

 当日、若葉はいつもよりも早く登校し、材料の準備をした。
 それから急いで着替えて、高校生活最後の行事、文化祭が始まる。


 接客係、団子を作る係、その他、役割は順番に時間で決められていた。
 若葉と愛果はそれまで、校舎を一緒に回る。
 着物を着た愛果はとても可愛くて、それを椎名に見せに行こうと二年生の教室へ向かった。 すると椎名は、あいかわらず女子たちに囲まれている。
 結局声をかけることもできず、ただ離れた場所から愛果は椎名を黙ったまま見つめているだけだった。
「呼んでこようか?」
「ううん。いいの」
 愛果は首を横に振り、「あっち見に行こう」と若葉の手を引っ張った。
 同じように先生に恋をしている愛果の気持ちが痛いほどわかる若葉は、彼女にかけてあげる言葉が見つからなかった。

 時々、愛果は若葉のことを切なそうな瞳で見る。
 若葉自身もそれに気付いていた。きっと、自分とリョウことを羨ましく思っているのかもしれない。 それはとても近い存在だから。若葉からしてみれば、近すぎて逆に話すこともできないし、 見つめることすらできないことが苦しいけれど、愛果はきっとそれでも恨めしいのだろうと思った。


 そして、会いたくない時に限って会ってしまう。
「あ、早坂。いい所にいた。印刷室に来てくれる? チラシが足りないって言うから今刷っているんだ。取りに来て」
「若葉。私、先に戻るね」
 愛果は若葉にそう言い、パタパタと走り去ってしまった。

 リョウの後ろをついて、印刷室に入った若葉は誰もいないことをすぐさま確認した。
「先生、だめだよ」
「何が? 別にこれぐらい大丈夫だよ」
「そうじゃなくって」
 リョウは「じゃあ何?」と若葉の衿元にふれる。落ち着いた着物姿はいつにも増して美しくて、 できれば他人には見せたくないと思ってしまうほどだ。
「だって、愛果の寂しそうな顔見た?」
「うん。わかっているよ」
 若葉から手を離したリョウは、コピーされた紙をトントンと揃えた。

「七瀬に伝言。後夜祭の時、俺の教官室に来るように伝えて。 椎名が待っているって。あいつの教官室の一階の階段のすぐそばだから誰かに見つかる可能性が高いんだ。だから俺の鍵、渡してある」

 若葉はそれを聞いて安心し、「伝えておくね」と紙の束を受け取った。
 愛果、喜ぶだろうなぁと彼女の笑顔を思い浮かべながら、若葉は印刷室を出ようとすると腕を掴まれてしまった。

「せんせ……?」
「綺麗だよ。着物、似合っている」
 いつも下ろしている髪は、今日は低めのサイドでまとめ、かんざしで留めている。着物に合わせてクラシカルな雰囲気だ。
「ありがとう。先生も早く着替えてね。みんな楽しみにしているよ」
「ああ」

 試着した時、あまりにも格好良くて誰にも見せたくないと若葉は思った。でも仕方のないこと。
(先生は“先生”だから)
 これはいつも若葉が自分に言い聞かせている言葉だ。

「それから若葉。俺は化学室で待っているから」
「いいの? 大丈夫?」
「誰にも見つからないように気を付けておいで」
「うん!」
 若葉は慣れない着物で走り出し、グラウンドに向かった。


 グラウンドの周りには様々な露店が並んでいる。
 昼食の時間に差し掛かり、一層たくさんの人で賑わっていた。
 最後の行事、束の間の受験中休みと言うことで、三年生の生徒たちは特に張り切っている。

 若葉はそっと愛果を呼び、リョウからの言われたことを伝えると弾けるような笑顔を浮かべた。


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2006-10-08
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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