57、初旅行・4


「先生、遅いなぁ」
 夕食を終え、先にお風呂に入らせてもらった若葉は、次に入ったリョウが部屋に戻ってくるのを勉強しながら待っていた。
 いつもは三十分もしないで出てくるのに、もうかれこれ一時間近く経つ。
 あまりにも遅いので若葉は風呂場の方へ向かおうとすると、明かりのついた部屋から話し声が聞こえた。 引き戸が全開だったから、はっきりと聞こえる。

「リョウ、本気なの?」
「何を今さら言っているんだよ。電話でも話しただろ。もちろん本気だよ」

 リョウは風呂から出ると母親に呼び止められ、客間に座らされた。昔から大事な話になるとこの部屋に呼ばれる。
 初めは店の状況などの話だった。古いこの店も一時期赤字が続いていたが、兄が中心となり、 ホームページを立ち上げたり、ブログやSNSをこまめに更新して若い観光客も増えた。 お得なランチは口コミで広がり、観光シーズンの週末は忙しい。
 次第にリョウの仕事の話になり、母親が若葉のことについて突然反対するようなことを言い出した。 確かに始めは反対をされていた。しかし彼女の両親からも許しを得て、クリスマスや正月には家族同然に接してくれる。 そのことを話すと、それならば責任を持って彼女を守るようにと両親ともに承諾をした。それなのに、 なぜか手のひらを返すようにこれだ。

「たしかに若葉ちゃんは、今時の女子高生のわりには礼儀正しいし、いい子だとは思うけれど……」
「まーまー母さん。可愛いし、しっかりしている子じゃないか。なぁ、リョウ」
「お父さんったら! リョウはいいわよ。もし何かあっても他の仕事を探せばいいんだし、 最悪こっちに戻って、店の手伝いをすればいいけれど。でもあの子の未来はどうするの?  ずっとそういう過去を背負っていかなくちゃいけないのよ?」

 聞いてはいけないけれど聞かずにはいられなくて、若葉はずっと三人の会話に耳を傾けていた。 さっきまであんなに優しくしてくれていたのに、本当はずっとそういう目で見られていたんだとショックだった。

「もしかして卒業したら結婚するのか?」
 リョウの父が問う。
「いや、それはまだ。あいつ大学に進学するし」
「大学行くの? だったらなおさらよ。大学に行ったら沢山の出逢いがあるんだもの。 きっと今だけよ。付き合ってはいけない関係だから、燃え上がっているだけ。 高校卒業しちゃえば、あの子の熱もきっと冷めちゃうわ。リョウだってそうよ」

(うそ……。どうして……?)
 若葉の顔は青ざめる。

「ちょっと待てよ。何でそんなこと……って、若葉?」
 後ずさりした若葉の足が廊下の床を軋ませ、その音にリョウが振り返ると彼女がいたことに気付き、続いて両親も気付いた。

 若葉はその場に立ちすくんでしまった。
 最初からここに来てはいけなかったのだ。幸せすぎて「現実」が見えていなかった。

 若葉から告白して付き合いはじめたのに、世間的にもリョウがすべて悪く捉えられてしまう。 だからそう言われてしまうのは当たり前のことなのだ。

 二人は「教師と生徒」


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2006-07-14
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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