56、初旅行・3


 二人は修学旅行で一緒に歩けなかった小樽を観光する。
 オルゴール堂に、ガラス館はロマンチックで、寄り添うように腕を絡ませた。
「二人だけの修学旅行みたいな感じだな」
「不思議だね」
 ここを隼人と歩いている時は本当につらくて、若葉にとって小樽にはあまりいい思い出はなかった。 だから、こうしてリョウと二人で歩くことが出来て嬉しかった。
 あの時はお土産選びなどする気持ちもなくて、目に止めることもなかった可愛い雑貨もたくさんある。
 そしてリョウが修学旅行中にブレスレットを買った店にも立ち寄った。若葉は今も大切に身に着けている。 リョウは若葉と自宅で一緒に使えるペアグラスを記念に買った。
 そして二人で写真を撮ることもできた。


 夕方、再びリョウの実家に戻ると、キッチンから美味しそうな匂いがした。
「あの、お手伝いすることはありますか?」
 キッチンに立つリョウの母と義姉に声を掛ける。
「いいのよ、若葉ちゃんはお客様なんだから。座っていて」
 そう言われてしまい、リビングに戻ると理沙が「遊ぼう!」と若葉のそばに寄って来た。
 今の若葉にとって、理沙に遊んでもらうことがどんなに心休まることか。天使のように見える。
 リョウは「気を遣わなくていいから」と言うけれど、どうも落ち着かない。

 いつも理沙は一人で遊ぶか、つまらなくなるとお店に来て、誰かが遊んでくれるのをおとなしく待っている。 両親も祖父母もお店の仕事で忙しいのをたった五歳児の彼女は理解しているのだ。
 お盆になると保育園は休みになり、リョウが帰って来て遊んでくれるので、 彼のことが大好きで、今年は自分と同じ女の子、若葉も遊びに来てくれて嬉しくていたまらなかった。
 そんな理沙のことをリョウの兄から聞いた若葉は、明日はお店があるし、 今年は自分も付いてきてしまったから、なんだか理沙からリョウを奪ってしまっているような気がした。

 一緒に絵を描いて遊んでいると、理沙は動物の絵を一生懸命描いている。
「理沙ちゃん、上手な絵だね。明日、リョウ兄ちゃんとお姉ちゃんの三人でお出かけしようか」
「いいの!?」
 理沙は色鉛筆を持っている手を止めて、キラキラと瞳を輝かせた。
「若葉?」
「若葉ちゃん、本当にいいの?」
 リョウと兄が聞く。
「もちろんです。ね」
「あ、うん。若葉がいいならいいけど」
「やったー!」
 理沙はジャンプしながら喜ぶ。

「若葉ちゃん、いいの? せっかく二人で来てくれたのに……」
 今度は義姉が料理を運びながらそう問う。
「いえ。理沙ちゃんもいてくれたら、もっと楽しくなると思いますし」
 義姉の後を付いて、若葉も料理やお皿を運んだ。
 それからたくさんのご馳走がテーブルに並び、「乾杯」と「いただきます」をして食事をいただいた。
「おいしい!」
「ホントに? じゃあ、これも食べて、食べて」
 そう言いながらリョウの母が次々と若葉の皿に料理を乗せる。
 若葉はずっと緊張していたけれど、リョウの家族みんなに優しくしてもらえて嬉しかった。

 それなのに、この後、若葉は聞いてはいけないことを聞いてしまったのだ……。


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2006-07-14
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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