54、初旅行・1


 連日、猛暑日が続いている八月中旬。
 盆休みの帰省ラッシュを二日ずらし、二人は北海道への初旅行のため空港に来ていた。 それでもものすごい人混みで、この中にもし学校の関係者がいたら、 偶然に会ったという嘘はつき通せないということで、若葉はリョウのうしろを少し離れて歩き、手続きも別々に取った。
 見失わないように、人々から少し飛び出たリョウの頭を目印に、必死で追いかけた。

 若葉はこの日のために夏休みの課題も全部済まし、受験生として勉強も毎日した。 推薦入試を受ける予定だが、万が一のために旅行中も一日二時間は勉強するようにとリョウから言われている。 鞄の中には参考書や筆記用具も入れてある。
 無事に誰かに鉢合わせすることもなく飛行機に搭乗し、リョウが荷物を上げて、若葉は窓際に座った。

 一年弱ぶりの飛行機、そして北海道。
 若葉はたくさんの期待に胸を弾ませていた。修学旅行の時とは違う。すぐ隣には大好きな人がいる。 思わず緩んでしまう顔を見られるのが恥ずかしくて伏せようとした時、マスクをすることを思い出した。 さすがに外では暑いのでできないが、機内でもまさかのための装備は欠かせない。
 最初の頃はこうして顔を隠すのが少し面倒だったが、今では当たり前になってきた。

 しばらくするとベルトの着用ランプが点灯し、アナウンスが流れ、飛行機は動き出す。
 グーンと飛行機が上がるのが苦手な若葉は、リョウの手をぎゅっと握った。
 何回乗っても飛行機はすごいと思う。こんなに大きな物体が空を飛び、たくさんの人を遠い地へ連れて行ってくれるのだから。
 窓の外の景色が真っ青な空へと変わると、強く握り締めていた若葉の手は自然と力が抜け、どちらともなく指をそっとからませ合う。
「若葉、このスカート可愛いよ。似合ってる」
 エンジン音に交じりながら、リョウに耳元で囁かれ、胸がキュンとなる。
 スカイブルーの清楚なフレアスカートは、若葉の母が選んだ服だった。
 若葉は彼の横顔を「ホント?」と見上げる。
 リョウはマスク越しににっこり微笑み頷いて、繋いでいた若葉の手の甲を自分の頬に寄せた。
 彼女の細い小指には幸せのピンキーリングがしっかりとはめられている。
 いつかは左の薬指にもリングをはめ、顔を隠すことなく堂々と旅行できるようになりたい。リョウは思った。

 若葉の母は、リョウの実家に行く娘に老舗の煎餅屋の菓子折りを持たせ、 「ちゃんとした格好で行かないと」と服から靴、つばの広い帽子も全部買い揃えてやった。
 若葉は母親がしてくれたことを思い出していると、急に緊張してきた。 いくらリョウの実家へ行ったことがあるとは言え、あの時は修学旅行でただの生徒の中の一人だったけれど、 今回は彼女としてだ。緊張で汗ばんだ手を拭こうと思い離そうとしたけれど、リョウは離さなかった。
「手に汗かいちゃったから拭きたいよ」
「いいよ。そんなの気にしないから」
 リョウの言葉はまるで“何があっても離さないよ”って言われたかのようで、若葉はそっと幸せをかみしめる。
 一時間半の空の旅はあっという間で、飛行機は滑走路に着陸した。


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2006-07-14
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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