53、写真


 夏休みも間近に迫った頃。
 若葉たちの学校で、少し変わった事が流行った。
 それは好きな人の赤ちゃんだった頃の写真を定期入れに入れておくと、 その人と幸せになれるという、いわゆる「おまじない」だ。

 そんな中、若葉の親友、愛果もカレの写真をゲットし、嬉しそうに定期入れを若葉に見せた。
 放課後の誰もいない教室の中で、二人ははしゃぐ。
「椎名先生、可愛い」
「ねー。若葉ももらいなよ」
「うん。あっ、そう言えば……」
 修学旅行でリョウの実家のお店で倒れた時、若葉は彼の赤ちゃんの頃から 高校生までの写真を何枚かもらっていたことをすっかり忘れていた。 あの時は色々あって、持っていることがつらく、リョウに返してしまった。 ただ一枚、高校生の頃の写真だけはこっそり抜いて自分が持っていた。

 さっそくその日の夜、若葉は電話でリョウに聞いてみる。
「写真?」
「うん。修学旅行の時、先生に渡したでしょ?」
「いらないって言わなかったっけ?」
「言ってないよー。お願い! ちょうだい」
「しかしそんなこと今頃どうして?」
 急にどこから思い出したんだと、リョウは聞く。
 若葉は正直に、学校で流行っている「おまじない」の話を教えた。
「まったく大事な時期にくだらない事しているなぁ。皆に言っとけ、志望大学の写真入れろって」
 リョウは、小学生か! と馬鹿にする。
「先生……」
 若葉は嘆きながら、諦めかけたその時。
「で、俺にもちょうだい」
「はい?」
「若葉の赤ちゃんの時の写真くれたら返してあげる」
「ホントに? でも先生、車通勤だから定期ないじゃん」
「別に定期に入れなくてもいいでしょ?」
「うん、わかった」


 翌日。
 リョウは学校帰りに若葉の家に寄り、約束通り封筒ごと写真を渡した。
「わー。ありがとう!」
 若葉は嬉しそうに受け取り、交換条件の自分写真も渡した。
「可愛いな。宝物にしようっと」
「宝物にしてくれるの?」
「うん。だって、このポチャポチャほっぺは貴重だろ?」
 リョウは写真の若葉にツンツンとする。
 若葉は「ひどーい!」と怒っているが、たしかにこの写真の中の若葉は顔だけではなく、腕も足もむちむちだ。
 こうして二人で体を寄せ合ってお喋りをしていると幸せすぎて、ついつい浮かれてしまう。

「それで今は定期入れに何か入れているの?」
 リョウの質問に、若葉は思いっきり動揺してしまった。
「えっ、な、何にも入れてないよ」
 明らかに何かを誤魔化している若葉。
「怪しい。見せなさい」
「何にもないって!」
「ダメ!」
 リョウはピッと若葉の手から、渡したばかりの写真が入っていた封筒を奪い取った。
「あっ」
「見せなさい。じゃなきゃ、この写真返してもらうよ」
「ハイ……」
 若葉は仕方なくリョウに定期入れを見せた。
 リョウは定期入れを開き、裏返しになっている写真に気付き、引き出した。
「これ、俺の……」
 若葉の定期入れには、実は高校生時代のリョウの写真が入れてあったのだ。
「なんで持っているの?」
「ほら、修学旅行の時、先生に写真を返したでしょ?  私と付き合うことで先生を苦しめたくなくて、別れたほうがいいと思って……。 でも、どうしても諦めることができなくて、もらってすぐにこの写真だけは抜いておいたの」
「そうだったのか」
 リョウにとってもあの修学旅行は忘れることのできない思い出だ。 若葉にあんなに悲しい思いをさせてしまって、それは今でも反省をしている。リョウは若葉の頭を自分の肩に引き寄せる。

 それから少し修学旅行の思い出話をした。修学旅行から、二人の間に特別な進展はなくとも、心の繋がりはずっと強くなった。

「でも、この写真はヤバイぞ」
「うん。そうだね。もし落としてしまったら……」
 もし落として誰かに拾われたら、自分たちの関係が見つかってしまうかもしれない。 いくら数年前の写真だって、面影は充分にあるのだから。若葉は自分の部屋の机の中にでもしまおうかなと考えた。
「違うよ。俺の問題。ほら、時代を感じるって言うか……。髪型とかひどいだろ?  この頃はこういうのが流行っていたんだけどなぁ」
「ううん。そんなことないよ。カッコいいよ。ちょっと髪型とか古いかもしれないけど、大好きな先生だからいいの」
「古いって言うなぁ」
 リョウは若葉の体をくすぐる。
 ふざけ合っていたら、若葉はリョウに押し倒された体勢になってしまった。
 そしてリョウは真剣な眼差しに変える。
「若葉、夏休みは北海道に一緒に帰ろう。連れて行きたい所はたくさんあるけど、 俺が一番連れて行きたい所はやっぱり自分が生まれた場所なんだ。実家の家族にもちゃんと言いたいし……」
「うん、行きたい」
 若葉は嬉しくて、リョウの背中に腕を回した。

 けれど二人とも、大事なことを少し忘れてしまっていた。
 幸せすぎて――。


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2006-06-17
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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