42、動物園


 リョウは若葉の十八歳の誕生日をずっと覚えていて、この日は絶対一緒に過ごそうと思っていた。
 どこに行きたいのか聞くと、若葉は「動物園と先生の家に行きたい」と言い出した。

 なぜ若葉は動物園を選んだかと言うと、先日のニュースでライオンの赤ちゃんがお披露目だと聞いたから。 本当は有名なテーマパークやお洒落なデートスポットへ行ってみたい。けれど知っている人との遭遇率は高くなる。 その点、動物園なら小さな子どもとその家族が中心なので、高校生はあまり来ない。若葉なりに考えた場所なのだ。

 そしてもう一つの場所はリョウの家。
 リョウは若葉の家には何度か行かせてもらっているが、自分の家には呼んだことがない。 それは彼女を家に上げることが嫌なのではない。自分の守っている一線が決壊しそうだから。
 リョウが返事に戸惑っていると、若葉は悲しそうな顔をして 「だったらいつものようにうちで家族と一緒にご馳走を食べよう」と言った。
「ごめん。いいよ、俺の家おいで」
「ううん、やっぱりいい」
 一旦は首を振った若葉だけれど、リョウが再び誘うと「うん」と小さく頷いた。


 誕生日当日、二人は近くの駅で待ち合わせをし、車で動物園へ向かった。朝一で来たのに、すでに人がいっぱいだ。
「やっぱり早く出てきてよかったな」
「うん。わー懐かしい。動物園なんて十年ぶりくらいだよ」
 若葉もリョウも動物園は子どもの頃に家族で来た以来だった。
 赤ちゃんライオンを見るための列ができていて、五分ほど並んだ。
「コロコロしていて可愛い」
 若葉は子どもたちに交じって大はしゃぎだ。
 リョウはそんな彼女を愛しそうに見つめる。
 そのまま猛獣ゾーンを回る二人。
「見て。先生にそっくり」
「チーター!? じゃあ、若葉は……」
 リョウは周りを見渡して動物を探すが、ここは猛獣ばかりで若葉っぽい動物はいない。
「私はウサギって感じかな。寂しいと死んじゃう〜って」
「自分で言うなよ」
「だったら何っぽい?」
「若葉は、ライオンやハイエナに狙われる動物って感じかな」
「何それー」
 食べられちゃうなんてひどい! とリョウの背中を叩く。
「でも俺がチーターっぽいって言うのは、いいところついているかもね。 たしかに昔は似ていたかもしれないけど、今は違うよ」
「どういうこと?」
 リョウの言っていることがよく解らず、若葉は首を傾げる。
「チーターは狩りに成功しても、他の肉食獣に獲物を横取りされてしまう事があるんだ。 けれどチーターは横取りされても取り返さない。どうしてかと言うと、 彼らと喧嘩をして自分の命とも言える大切な足に大怪我をしたら、 チーターは狩りができなくなり食べていけなくなってしまう事を知っているからね。 だから俺は今はチーターではないっていうこと。わかった?」

 リョウの説明をゆっくりと考える。
「つまり、以前は“獲物=女の人”を取られても取り返さなかったけれど、 今もしも“獲物=私”を誰かに横取りされそうになったら、諦めないってこと……?」
 リョウは「正解!」と若葉の頭をわしゃわしゃ撫でる。
 若葉は髪がぼさぼさになると文句言いながらも、もしも自分の命が終わる時が来たら、それはリョウの腕の中がいいと願った。

 昼食は園内のカフェテラスでランチプレートを食べる。
「やっぱりお弁当作ってこれば良かった。次回はちゃんとお弁当作るね。 でもまた十年後とかになっちゃうのかな。その時には三人分のお弁当がいるかなぁ、なんてね」
 大好きなリョウと自分との間に“大切なもの”が増えて、三人で手をつないで歩く。 若葉は周りにいる子連れの家族を見ながら想像した。
「いや四人分かもしれないよ。あ、弁当には卵焼き絶対入れてね」
 リョウも若葉と同じ気持ちでいる。


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(参考: Wikipedia)
2006-02-20、03-01、03-25
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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