41、進級


 季節は冬から春へ移り変わり、若葉は三年生になった。
 若葉の通う学校は二、三年生はクラス替えがない。 何もなければ、担任も二年生から繰り上げされるのだが、どうなるかはリョウ本人も四月一日に発表されるし、 若葉にも始業式の当日まで言うことはできなかった。

 三年生と言えば、受験の年。付属高校なのでほとんどの生徒は内部進学をする。
 しかし、若葉は一年生の半ばから別の大学へ進学したいという気持ちがあった。
 リョウも若葉の志望大学については「今の調子なら大丈夫」と伝えているが、 若葉は受験というものが近付くにつれて、これでいいのかなと思うことがあった。

 実は二人は終業式の少し前から、あまりうまくいっていない。
 毎日連絡を取り合っていたのが二日おき、三日おきとあくこともあった。会う回数ももちろん減った。

 リョウが忙しいのは若葉は理解している。だからそれについて問い詰めたり、責めたりしなかった。
 若葉は一人で過ごす休日にふと不安がよぎる。 リョウは最初の頃の気持ちから冷めてきてしまっているのだろうか、 自分の中では好きという気持ちは変わらないし、むしろもっと深い関係になりたいとも思っている。 そして、欲が深くなる自分に時々嫌気が差す。



「来週の放課後に進路相談が始まるから、今週中に調査票を出すように」
 リョウはそう言いながらプリントを配った。

 若葉はそれを見つめながら考える。
 二人の一年後はどうなっているのだろう。
数か月後の自分さえも見えていないのに、二年後は? 五年後は? そのずっとずっと先は?  リョウのの未来に自分はいるのか、いないのか……。好きか聞けば、好きと答えてくれるけれど、 それが一生続くことは難しいのかもしれない。

     * * *

 進路相談三日目の最後は若葉の番だった。
 教室の内に二人きり。

「調査票、白紙なんだけど……」
「はい」
 若葉はどうしたらいいのかわからず、白紙のまま提出した。
「ごめんな。一番近くにいるはずなのに進路の悩みに気付いてやれなかった」
「違うよ。先生が悪いんじゃないよ」
「若葉の今、思っていること話してくれる?」
 生徒の机と机を向き合わせて、二人は座っている。久しぶりの近い距離。

「それは、先生として聞いている?」
「先生としても、今日は特別に……」
 リョウは声を潜め、「この場所でお前の彼氏としても」と優しく言う。

「先生も知っている通り、私はできればA大に行きたいって思っていたのね。 でも実際こうやって具体的な進路の話になると、ああもう卒業なんだな、 学校にいられるのもあと少しなんだなと思って。卒業したら、先生ともこうやって毎日会うこともできないし、 それが不安って言うか……卒業するのが怖いんだ」

 A大は自宅から通える距離だが、卒業したらそのまま会うこともなくなってしまうのだろうか。 本当は、リョウの本音やこれからの自分達の話をしたいのに、怖くて聞くことができない。


「これから大学に行けば今よりもずっと世界が広がって、もっと楽しいことがあるんだよ。 だからまずは自分の思った通りの道を自分の足で歩いてごらん。でも心配しなくていい。 俺はずっと若葉のそばにいるし、いつでも応援している。俺が後ろから支えてあげる。 ……んー。格好付けすぎかな。正直俺も不安だよ。お前がこの学校を卒業したら、 同時に俺からも卒業してしまうのかなぁって思ったり。本音を言えば学校という自分のテリトリーに、 ずっと入れておきたいって思ってしまうんだ」

 リョウの目の届く範囲に若葉がいるのは、あと一年。
 きっと、籠に入れられていた鳥が空へ飛び出すかのように、若葉もそうやって卒業していくのだろう。
 でもそれは心配ではなく、彼女が自分から離れていくことへの不安だった。 けれど自分が不安になっていたら、若葉はますます不安になってしまう。
 リョウは、ずっと俯いている若葉の頭を撫でながら「最近、あんまりかまってあげられなくてごめんな。 来週はゆっくり会おうか」と言った。
「ホントに? いいの?」
 若葉はパッと顔を上げて、満面の笑みを浮かべる。
「いいよ。行きたい所へ連れて行ってあげる」
 リョウの言葉に、若葉の気持ちは一気に晴れ渡る。来週の土曜日が自分の誕生日だということを若葉はすっかり忘れていた。


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2006-02-20、03-01、03-25
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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