|
40、ＶＤ 熱は下がることはなく、ついにバレンタイン当日になってしまった。 学校には母が連絡をして、若葉もリョウにメールを送った。 「今日は学校休みます。先生は仕事頑張ってね」 朝一で病院へ行き、待合室の時計を見ながら、学校では一時間目が始まった頃か、 リョウは朝一でどのくらいチョコをもらったのだろうと考えた。考えていたら、 自分は今日は会うことすらできないのかと肩を落とした。 昼食にフルーツ入りのゼリーを食べて、薬を飲んだら、楽になりしっかり睡眠することができた。 そして夕食のお粥を一人で部屋で食べていたら、インターフォンがなった。 しばらくして部屋のドアがノックされ、返事をするとリョウの姿が……。 「せ、先生」 「体調はどう？」 「うん、だいじょ……」 リョウが若葉のそばに寄り添うと、とたんに彼女の瞳から涙があふれ、こぼれた。 「何泣いてんの？」 「わかんない。なんか泣けてきちゃった。会えると思わなかったから」 リョウはそんな若葉の涙を手で拭い、撫でる。 「なんで？ 会う約束したじゃん。はい、これお見舞い」 そう言って背中に隠してあった小さな花束を若葉に差し出した。 「わあ。ありがとう」 ピンクのガーベラは若葉の一番好きな花だった。 「先生。あのね、チョコレートケーキ作れなかった。ごめんね」 「いいよ。また今度作って」 「今日、いくつもらった？」 「チョコ？ 全然もらってないよ」 「嘘だ、そんなはずない！」 「生徒からのは全部断ったから一個も受け取ってないよ。 女性の先生からも、今年から義理チョコのかわりに募金になったんだって。 だから生徒にも募金するように言っておいた。しつこい子もいたけどね」 苦笑いを浮かべたリョウは、若葉の食べていたお粥のスプーンを受け取って彼女の口に運んでやった。 若葉は幸せでまた涙があふれてきた。いつものように鼻水も……。 リョウは枕元に置いてある、以前自分があげたタオルに気付き、大切に持っていてくれたんだと知る。 「先生、ティッシュー」 急いで若葉の涙と鼻水を拭った。 「周りはバレンタインだからって浮かれいたけれど、彼女が風邪でダウンしているのに、 そんなの受け取っている場合じゃないでしょ？ 今年だけじゃなく来年もそういうの全部受け取らないことにしたから」 「本当？」 「うん」 部屋の扉がノックされ、入ってきたのはお盆をさげた若葉の母、美智子だった。 「先生、ご飯まだでしょ？ 残り物で申し訳ないんだけど……」 「いつもありがとうございます」 リョウは時々若葉の家でご飯をご馳走になっている。 二人でどこかに出かけるのも気を遣うだろうし、何より一人暮らしは栄養が偏りがちだ。 来れる日は遠慮なく来るようにいつも言っていた。 「リンゴは先生が持ってきてくれたのよ。じゃあごゆっくりー。風邪がうつらない程度にね」 そう言ってお盆をテーブルに置き、クスクス笑いながら出ていった。 今日のメイン料理は鮭のクリームシチューだ。 若葉は美味しそうとリョウの食べている姿を見ている。 よだれをたらしそうな程じっと見てくるので「食べる？」と鮭を少しスプーンに乗せて食べさせた。 「美味しい」 「食欲も出て来たようだし、明日、明後日くらいには学校に来れそうだな」 「うん」 二人でリンゴを食べ終わったところで、若葉が「そういえば」と、カゴの中に入れたままのマフラーをリョウに渡した。 「チョコと一緒にあげようと思っていたんだけど……」 ラッピングができていなかったけれど、早く渡したかった。 「手編み？ うまいじゃん。ありがとう」 「手編み、嫌じゃない？」 「こういうのならいいよ。ヘンなイニシャル入っていたら困るけど」 「今時イニシャルなんか入れないよっ。でもよかった。あのね、こうやってグルグル巻くの」 若葉はマフラーをリョウの首から鼻にかけて巻いた。 「変装完了！」 リョウは鏡を見て「ホントだ」と笑った。いつもは黒縁の伊達眼鏡をしたり、マスクですっぽり顔を隠している。 「この格好で今度、映画でも行こうか」 「うん」 若葉がほころぶような笑みを浮かべると、リョウは「おいで」と両手を広げる。 「いいの？ 風邪うつっちゃうよ」 「平気だから」 リョウは若葉を抱き寄せた。 「あったかい」 若葉はそう呟きながら胸に顔をうずめた。 次の日、熱もすっかり引き、マスクは欠かせないが咳もだいぶ落ち着いた。 そして週末。 チョコレートケーキを作って家で食べてもらい、数日遅れのバレンタインを過ごす。 その後は、約束通り映画を観に行くために、若葉は髪をコテで巻いてマスクをかけ、 リョウは眼鏡、マスク、マフラーという完全変装をして出かけた。 ←back next→ 「cherish」目次へ戻る ・・・・・・・・・・ 2006-02-11 2012-07-05 大幅修正 2013-09-20 改稿 |
