34、修学旅行・4


 その日の夕食。
 前日と同じように、会場内でクラスごとにテーブルは決められている。
 リョウは各席ごとに点呼を取ると、若葉がいないことが知らせた。
愛果に「早坂はどうした?」と聞くと、「気分が悪いらしく、部屋で寝ています」 と、いつもよりもそっけない口調で返ってくる。
 もし自分が生徒だったら迷わず、若葉の元へ走って行けるのに、とリョウは立場にある自分を責めた。

 食事が終わり解散後、リョウはもう一度愛果に声を掛けた。
「早坂にあとで俺のところに来るように言ってくれる?」
「はい。でもたぶん行きませんよ。あの調子じゃ……」
「そっか……」
 どうすればいいのか迷い「俺が話があることだけ伝えておいて」と言う。 愛果は「わかりました」と、他の女子の元へ走って行った。

 実は若葉は今朝から何も食べてない。せめて水分だけはきちんと摂ってよ と愛果に言われてミネラルウォーターだけ口にしている。
 愛果は「若葉の大好きな蟹が出るよ」となんとか連れ出そうとしたが、若葉は布団から出ることすらなかった。
 部屋の外の廊下が騒がしくなり、食事が終わったんだと若葉は察知した。 部屋のメンバーも戻って来て、愛果は再び若葉に声を掛ける。
「若葉、お腹すいていると思って、おにぎり握ってきたよ。それから先生が話があるから来てほしいって言っていたけど」
「若葉ちゃん大丈夫? 体調悪いなら保健の先生呼んで来ようか?」
 みんな取り囲み、若葉のことを心配する。
「大丈夫だからいいよ。ありがとね……。ごめんね……」
 そう言いながら、さらに布団にもぐった。

 部屋のドアがノックされて、愛果がリョウかもしれないと開ける。
「あ、隼人くん」
 訪ねて来たのはリョウではなく、隼人だった。
「若葉呼んでくれる?」
「ちょっと待って。――若葉、起きられる? 隼人くんが話があるって」
 布団をほんの少し上げて、若葉に少しでも起きてもらおうと声を掛けた。
「うん」
 若葉はぼさぼさになった髪を手で直しながら、カーディガンを羽織って部屋を出た。

「若葉、何にも食べてないの?」
「うん」
「ちゃんと食べないと、“アイツ”心配するよ」
「うん」
「本当は“アイツ”の所に行きたいんだろ? 俺が連れていってやろうか?」
「行きたいけど、もし誰かに見つかったら……」
「そうだけどさ」
 優しく声をかけてくれる隼人が、もしリョウだったら、 若葉はふとそんなことを考える。リョウがもしも、同級生の男の子だったらこんな苦しい思いはしなかったんだろうと思った。
 そんな思いともう一つの感情が自分を追い込む。 リョウがどうかと言うのではない。自分が全部悪いのだ。彼の立場を誰よりも理解しないといけないのに。
 けれどやっぱり、リョウに甘えたいのが一番だった。

「隼人。ちょっとだけ、代わりになってくれる?」
「ああ、いいよ」
 若葉はすっと隼人の腰に腕を回し抱き付く。隼人も最近彼女と会えずに寂しくて、思わず若葉を強く抱きしめてしまった。

 リョウは見回りと称して、生徒達の部屋の前を歩きながら若葉のことを考えていた。
 視線の席に生徒が抱き合っているのが見えた。まったくこんな所で…… と注意しようと近付くと、それは若葉と隼人だと判り、とっさに柱の影に隠れる。
 抱き合う二人を見て、血の気が引くほどのショックを受けたのに、 どこかでこれでよかったんだ言い聞かせる自分がいた。若葉にはああやって誰にも隠さずに 付き合える生徒同士の方がいいのかもしれない。
 生徒に告白されるたびに、教師という立場を振りかざし偉そうに助言しているじゃないか。 「恋愛なんて生徒同士のが楽しいぞ」と。今まさにそれだ、自分を嘲笑う。
 リョウは若葉たちに何も言うことなく、嫉妬心を抑えて部屋に戻った。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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