33、修学旅行・3


 二日目小樽。

 リョウは、昨日若葉から言われた「もう終わり」という言葉がずっと頭から離れなくて、 決められた仮眠時間に一睡もすることができなかった。見回り中もふと若葉のことが思い出されてしまう。

 あの時、リョウはすぐ追いかけたけれど他の生徒が自分の方へ向かって歩いてきて、 彼女を捕まえることができなかった。つらい思いをしているのは自分よりも、きっと若葉の方だろう。
 バスに座る生徒を見渡し、今にも泣き出しそうな彼女の顔を見て、今すぐ抱きしめてやりたい気持ちを抑える。

 小樽に到着し、一通り全員で観光をしたあとはグループ行動になり、教師は見回りをしながらも自由の身となる。
 一日目は女子生徒に囲まれたりしたが、二日目となると少し気分も落ち着くのだろうか、あまり囲まれなくなった。
 あの原野も、昨夜リョウから言われたことで反省をしているようだ。

 リョウはベンチに座り、若葉にメールをしてみた。
“もう一度ゆっくり話をしよう。旅行中は無理だけど、帰ってすぐに会いたい”
 しかし彼女から返事はなかった。

 生徒や他の旅行客に交じりながら、小樽にある店を一件一件回る。 小樽に来たのは何年ぶりだろうか。ふと入った店で、クリスタルの飾りがついたブレスレットを見つけた。 それを見た瞬間、若葉が嬉しそうに身に着けている姿が目に浮かんだ。リョウは生徒がいない間にさっと購入した。


 一方、若葉は時間が過ぎていくごとに後悔が募っていた。 自分の気持ちさえ抑えていれば、小樽のきれいな街並みを二人きりではなくとも、みんなでリョウと一緒に歩けたかもしれない。

 解散となりグループ行動になる際、隼人が若葉に声をかけた。
「若葉、悪いんだけど彼女のお土産選びに付き合ってくれない?」
「うん、いいよ」
 同じグループの愛果たちに断りを入れて、若葉と隼人は二人で歩き出す。 傍から見たら二人はごく普通の高校生カップルだ。何軒か回り、ガラス工芸店で隼人は彼女へのお土産を選んだ。

 途中、向かいから原野たちのグループと遭遇し、若葉はとっさに隼人の後ろへ隠れた。 そんなことをしても原野は若葉の気持ちなど知るよしもないのに。

「若葉どうした? 思ったんだけど今日変じゃない? 何かあった?」
 いつものような元気もなく、冗談を言っても聞いているのか聞いていなかったのか、 反応すらない。そんな若葉に隼人は思い切って問いかけた。
「隼人、誰にも言わないって約束してくれる?」
「うん」
 若葉の深刻な表情に、付き合いの長い隼人はただ事ではないと感知した。 「あっちに行こう」隼人は若葉の腕を引っ張り、人通りのない場所を探しながら連れて行った。

 若葉は隼人にリョウと付き合っていたことを話す。
 と言ってもたった一か月と少しのことだったし、二人の間には特に何もない。 抱き締めてもらったことと、教会で額に軽くキスをされただけだ。若葉にとってはすごく大切な思い出だけれど、 リョウにはたいしたことではないのかもしれないと悲しく思った。
「ごめん。突然こんなこと」
「まじか……」
 隼人にとってリョウは担任でもあるし、部活の顧問でもある。 一日を自分の親よりも長く過ごしている相手で、兄のように慕っていた。 基本的にはクールなので、まさか生徒と、自分の幼馴染と言ってもいいほどの女の子と付き合うとは思わなかった。 だからと言って失望と言うわけではないが、若葉がこんなふうに傷ついているのなら断然彼女の味方だ。
「笑っちゃうでしょ。あっけなさすぎて」
「若葉……」
 隼人が優しく若葉の髪を撫でると、若葉は隼人に泣きついてしまった。


←back  next→


「cherish」目次へ戻る



・・・・・・・・・・


2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







|| top || novel || others || blog || link || mail || index ||



 

inserted by FC2 system