32、修学旅行・2


 ホテルの大広間で夕食を終えると、クラスごとに大浴場に入った。
 若葉は入浴を済ませ、消灯まで一時間半あることを確認して、 同じ部屋の子にはジュースを買ってくると言い、教師たちの部屋の近くまで行くことにした。
 そこまで行って携帯をならせば気付いてくれると思ったから。

 目的の部屋の近くに向かって歩いていると、見慣れた背中に気付いた。
 そしてもう一人、生徒といることに気が付く。例の原野だ。

「先生、私と付き合ってください。誰にも言わないから」
 緊張のせいか声が大きく、少し離れた若葉の方にまではっきりと聞こえた。
 若葉はまたリョウの告白される瞬間を見てしまった。
 リョウはついに云ってきたかと、ある程度の覚悟はできていた。
「悪いけど俺は生徒は生徒としか見れないから諦めな。 それにこういう修学旅行で二人でいるところを他の先生に見られると非常にまずいわけ。だから、早く部屋に戻りなさい」
「じゃあ、一つ聞いていいですが? 先生って彼女いますか?」
 若葉はその質問に安心感を得た。これでリョウが「いるよ」と答えれば、例え相手が誰と言わなくても原野も諦めてくれるだろう。
 しかしリョウの口から出た言葉は、若葉の期待を裏切った。
「そういうことは答えられない」
「だったら、いないって解釈しますよ?」
「……勝手にしろ。早く戻れ」
 原野は去って行くと、リョウは「ああ、面倒くさい」と頭をかいた。

 若葉はゆっくりとリョウに近付く。
 彼女に気付いたリョウは不機嫌そうに「こっち」と、人の通らない少し奥まった所まで歩いた。

「もしかして、さっきの見た?」
「うん」
「あいつ原野は、ちょっと強引だからな。昼間も無理やり引っ張るし。他の女子も今日は正直ちょっとびびった」
 リョウは忍び声で若葉の顔を見ないまま話す。

 たしかにリョウがモテるのを若葉も、他の生徒も知っている。ラブレターもよくもらっていることも。
 でも若葉は一つだけどうしても許せないことがあった。

「先生、質問があります」
「何?」
「先生は彼女いるんですか?」
「お前まで、何言ってんの?」
 リョウは若葉が冗談で聞いていると思ったようで、笑って誤魔化した。

 どうして彼女がいるって言ってくれないの? と、若葉は聞きたかったけれど「もういい」と踵を返す。
「待って」
 リョウは若葉の腕を掴み、一旦周辺を確認した。
「あのさ、今の状況わかっている? 一つプライベートなことを話すと、 生徒達(あいつら)はどんどん聞いてくるようになるんだよ。もし彼女がいるって答えれば、 “どういう人?”“昨日デートした?”ってさ。そういうの答える俺を見て、若葉はどう思う?  自分のことをよそで話されるんだぞ? そういのはお互いに良くないってお前なら解るよな?」

 若葉は心の中で、解りませんと答えた。他にもリョウに言いたいことがたくさんある。 今日一日で色んなものが溜まっていた。綺麗な心でいられない。

「もし先生が私のことを認めているのなら「彼女がいる」ってはっきり言ってほしかった。 私は先生が思っているような理解のある子じゃないよ。独占欲も強いし、嫉妬深いし、子どもだし、すっごく重いの。 自分でも嫌でしょうがない。こういう面倒なのとは付き合えないよね?  要領のいい子だと思っていたから付き合っていたんでしょ? だったら、残念ながら全然違いますから。 もう終わりだね。それから今度“彼女いますか”って聞かれたら“いない”とはっきり答えてね」
 若葉は小さく低い声で一方的に捲し立て、走って部屋に戻った。

 部屋に入ると、若葉の顔を見て愛果が驚いていた。どうしたの? と声を掛けようとする前に、若葉は布団にもぐった。
 あんな言い方をすれば完全に嫌われるだろう。若葉は自分が最低な人間だと思った。 リョウのことは本当に心から好きだし、傷付けるようなことは言いたくなかったのに。
 短かったけれど付き合っている間、リョウはいつも若葉を大事にしていた。それは若葉も解っている。
 それなのに若葉はリョウの手を離した。
 リョウも引き止めることをしなかった。
 この離してしまった手はもう二度と繋ぐことはできないのかもしれない。二人はそれぞれの場所で思う。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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